「さん、にい、いち!」
遊子の楽しげな声がテレビのカウントダウンに合わせて暖かな部屋に響く。
そのカウントが終わった瞬間、夏梨と一護は顔を見合わせて思い切りクラッカーを鳴らした。それと同時に一心と遊子が声を重ねて高らかに言う。
「ア・ハッピーニューイヤー!!」
「明けましておめでとうございまーすっ!」
「明けましておめでとう」
「おめでとう。今年も宜しくね」
一護と夏梨もそれに返して、笑う。
そして四人で、机の上に置かれた真咲の写真に一斉に新年の挨拶をした。
――毎年恒例になっている、黒崎家の新年の風景である。
テレビも一段と騒がしくなってきたところで、しかしそのテレビをバチンと一護が消した。
「さて、行くんだろ? 初詣」
「もちろん! はい、お兄ちゃん上着。夏梨ちゃんはこっち、お父さんはそっちのハンガーにあるからね!」
てきぱきと遊子が全員に声をかけて、全員がはーいと声を返す。
そして賑やかに真っ暗な外に出た。
年始とあって、さすがに家々の灯りはまだ明るい。同じく初詣に向かうのだろう人がちらほらと電灯の下に見えた。
「うわ、寒い」
「雪降りそうだね。傘いるかな?」
遊子に問われて、夏梨はあっさり「いらないでしょ」と返した。
「雪だもん、そんなに濡れないよ」
「夏梨ちゃん、昔から雪降ってるときに傘ささないでいるの好きだよね」
「……そうだっけ」
そんな会話をしているうちに、一心と一護が先行して歩き出していた。行くぞ、と声をかけられて、遊子と夏梨は声を合わせて返事をし、ぱたぱたと駆け出した。
***
町にある小さな神社は、いつもは静まり返っているが、今は人で溢れていた。
すれ違う人々に口々に新年の挨拶をしながら、黒崎家の四人は神社の階段を下りて行く。初詣を終えて帰るのだ。
おめでとうございます、と口にしながら、夏梨は新年のこのときはいいときだなあと思った。いつもは忙しなく、目も合わせることなくすれ違っていく知らぬ人と、全ての垣根を取り払って和やかに新年を祝い合うことができる。
「いいな、こういうの」
まるで夏梨の内心を言葉にしたその呟きに、夏梨はきょとんとして隣を見た。
すると隣で白い息を吐きながらいた一護が、視線に気づいて口の端に笑みを浮かべる。
「いいと思わねえか。誰が誰で、どういう関係で、なんて気にしないで」
「……無条件に、幸せだよね」
ああ、同じだ。
そのことにも小さな幸せを感じながら、夏梨は赤い頬で笑う。
幸せ、なんていつもなら無性に恥ずかしくてこんなふうに真面目に言えない。けれどそれをためらうことなく言えるのも、今日だからこそだと思う。
きっと一護もそうなのだろう。柔らかな表情で頷いた。
「ああ、幸せだ」
神社を出て、のんびりと四人で夜道を歩く。
と、夏梨はなんとなく空を見上げた。すると白いものが視界にふわりと舞い込む。
「雪……」
すると夏梨の呟きに触発されたようにひらひらと、次々に白い雪が夜の中に落ちてきた。
小さな、新しい雪は、差し出した手のひらに落ちてすぐに消える。
黒に白。その色彩で、夏梨が思い浮かべたのはとある一人だった。
冬らしい色彩ながら、それに良く映える新緑の緑に似た色も持つ、彼。
偶然にも、夏梨が着ている上着は深緑のそれで、連想するのは容易かったのだ。
黒、白、緑。
その三色を見て、夏梨はほぐれた気分でふわりと笑う。
あの生真面目な彼は、今頃何をしているのだろう。彼もまた、新年を祝っているのだろうか。
(そうだったらいい)
素直にそう思って、夏梨は白い息を吐きながら真っ暗な空を見上げ、小さな声で呟いた。
「おめでと」
今年もあなたにとって、良い年でありますように。
――心から願えたのは、間違いなかった。
明けましておめでとうございます!
2009Xmas〜年末年始10日連続更新八日目。
[2010.01.01 初出 高宮圭]