MEMOLOG*プチお遊び企画SS

「黙らっしゃい!」(日夏+他)


※夏梨が普通に死神です。


 甘い声で突きつけられた選択肢は、二つ。
 夏梨は混乱寸前の頭で、選択を迫った二人を見上げた。それぞれ目と髪に美しい銀色を持った姿は麗しく、人間離れした雰囲気はさすがのもの。その二人から紡がれた全く同じ甘い言葉に、夏梨はとうとう途方にくれた。
「どうしても、選ばなきゃだめなの……?」
「困らせているのは、よくわかる。――だが、選んでくれ」
 銀色の目を持つ男――氷輪丸は、いつもと変わらぬ表情で、しかしどこか心苦しげに告げる。
 隣にいる銀髪の美しい女性も、気遣わしげに夏梨を覗き込んだ。
「あなたが選んでくださらなければ、わたくしたちも心残りです。――どんな結論でも、わたくしはそれを受け止めます」
「袖白雪……でも、あたし……こんなの困るよ。わかんないもん!」
 そう夏梨が顔を背けると、二人も困ったように視線を下げた。
 だが氷輪丸はすぐに顔を上げると、すっと片膝をつく。そしてそらした夏梨のおとがいを捕まえて、真剣な眼差しで言った。
「ならば、わかるまで言うだけだ。――愛している、と」
「……っ」
 正面から澄んだ硝子玉のような瞳に見つめられた夏梨の限界は、そこまでだった。

「もうやだもう決めたっ! 決めたから離れて! ――優勝は氷輪丸!」

 顔を真っ赤にして叫んだ瞬間、固唾を飲んで成り行きを見守っていた周囲の連中が、一気に騒がしくなった。
「お疲れ様、夏梨! いやー、いいもの見せてもらったわぁ」
「悪いな、こんなこと頼んじまって」
 楽しそうに出てきた乱菊と、心なし申し訳なさそうな檜佐木に、夏梨は赤い顔をごまかすようにこすりながら、深々とため息をついた。
「悪いと思うなら頼まないでよ……。『斬魄刀で誰が一番愛を囁くのが上手いか』なんてトピック、語呂悪すぎ。しかもなんで審査員があたしなのさ」
「そう言うなって。これは女性死神協会の要請なんだ。それに、お前が一番斬魄刀と知り合ってる率が高かったんだよ。お前ならやってもいいって言う斬魄刀が多くてさ……」
 主人のみならず斬魄刀までの説得は骨が折れたぜ、と遠い目をする檜佐木は、確かに苦労したのだろう。全ては、瀞霊廷通信のために。
 それを思うとあまり文句も言えずに、夏梨はため息をついて許すことにした。
「袖白雪、氷輪丸。二人ともお疲れ様。最終選考にまで残っちゃって大変だったろ」
「いいえ、なかなか楽しませて貰いました。……ですがそろそろ、主の元に帰りますね。またお話しましょう、夏梨」
「うん、ルキアちゃんによろしくね」
 綺麗な笑みを残して、袖白雪は消える。
「じゃ、あたしたちもそろそろ行くわ。さあ修平、面白い記事に仕上げなきゃ承知しないわよ!」
「ら、乱菊さ……まさかまだ注文付ける気じゃ……」
「あら、嫌ならいいけど」
「いっ嫌なんてことは!」
 そんなことを言い合う気配が遠ざかったのを見届けてから、夏梨は背後でひたすら沈黙を守っていた彼を振り向いた。
「……いつまで睨んでんだよ、冬獅郎。何か言いたいことあるならはっきり言えってば」
「……じゃあ、言うぞ。いつまで赤い顔でいるんだ、お前」
 不機嫌さを隠さない素の表情で低く呟かれたそれに、夏梨はぎょっとして頬を押さえる。
「これは、だって、氷輪丸がっ」
「そんなに俺の斬魄刀の『愛の囁き』は気に入ったか」
「な、何拗ねてるんだよ! あんな美人に愛してるとか言われたら冗談でもうっかりときめくに決まってるだろ!」
「ときめいたのか」
 背後からどことなく楽しそうな声音がして、夏梨はそういえば張本人の氷輪丸がそこにいたことを思い出した。
「だっ……て……、いや、その……。あんなの、言われたの初めてだったし」
「氷輪丸までに、選考で他の斬魄刀にも散々言われてたろ」
「う、うっさいな! 冬獅郎なんか、お遊びでもああいうこと言えないくせにっ」
「……言ってやろうか?」
「は」
 夏梨はそこでいつもと違う雰囲気になった日番谷の声に気づいたが、既に遅い。すいと距離を詰めた日番谷に、腕を捕まえられる。
「さっきの続きだ。俺と氷輪丸の囁きで、どっちがいいか選べ」
「な、何言って……」
「――それは、面白そうだ。主、その勝負受けて立とう」
 夏梨の背後から歩み寄った氷輪丸にも詰め寄られて、夏梨は落ち着きなく視線をさ迷わせる。
「上等だ。後で吠え面かくなよ」
 不敵な笑みで日番谷が応じ、夏梨は両者に挟まれて、逃げる策を講じる前に、両側の耳から甘い言葉が滑り込んだ。
 一気に体温が上がり、顔が熱くなる。しかしそれを隠すすべもなく、答えを求められた。
「……夏梨、選べ。我と主と、どちらを取るのだ」
 そしてさらに、追い討ちがかかる。

「しっかり考えて選べよ。――俺はお前を一生手放すつもりはねえぞ」




「……おい、どういうことだ朝になっても夏梨が帰って来ないってこれどういうことだ」
「お、落ち着け一護。とりあえず貴様、句読点を入れて喋れ」
「あら、やっぱり夏梨帰って来なかったの? まあねえ、昨日隊長相当機嫌悪かったものね」
 思わずノーコメントで逃げたもの、と乱菊は気楽に笑う。
「や、やっぱ冬獅郎か……! ていうか何してんだよ、どこ行ったんだよ!!」
「やだ一護、具体的に言ってほしい? まず、日番谷隊長と夏梨がたぶん隊長の部屋で――」
「うわあああ!! 言うな、言わんでいい! 黙らっしゃい!!」

 ――今だけは、妹がもう大人であることを認めたくない兄がここに一人。

[2010.03.27 初出 高宮圭]