MEMOLOG*プチお遊び企画SS

「好きだよ、チビちゃん」(VOXオリキャラ+夏梨。番外)


「……ふうん」
 朝。この日もこの日とて寮監を巧みに丸め込んで夏梨の部屋に入り込んだナツルは、少女の寝顔を興味深く眺めていた。
 基本的に彼は人をも含んで、興味のないものには目を留めようとも思わない。よく言って素直、悪く言えば自己中心的な彼が他人に深い興味を持つのは割と珍しいことだ。ごく小数のその人物の一人に、彼女は当たる。
 黒崎夏梨。前代未聞の推薦を受けて入学した子供。その実力も確かなもので、入学後一月で既に良くも悪くも噂の人となっている。
 とは言え、本人はそう気にしていないようだが。
(こうして見ると、本当にただの子供だ)
 春も半ばとは言え、まだ朝は少し肌寒い。布団に丸まって、ペットの犬と眠る姿は、まるであどけなかった。
 ナツルが何より彼女に興味を抱いているのは、その外見にそぐわぬ大人びた性格と思考にだ。潔く淡泊、時に熱くなれど、常に物事を客観的に見て考えることができる。物言いも率直で、人の意見に流されない。
 そういう人となりも、ナツルが気に入った箇所だ。
 ナツルは、言葉や態度で人を翻弄するのが得意だ。けれど実の所、馬鹿正直に翻弄されてしまう者は嫌いだったりする。詰まるところ、遊び甲斐のある人が好きなのだ。その点で、夏梨は今最も玩具に相応しかった。
「さて、と」
 ナツルは観察を終え、そろそろ夏梨を起こすことにした。
 夏梨はなかなか寝坊をしない。以前一度あったきりだ。だがそれではつまらないので、ナツルは最近夏梨の起床前に忍び込むことにした。もうじき、夏梨が起きる頃合いだ。
「チビちゃん、起きて」
 町を歩けば五人が五人振り返るほどの――ただし夏梨はそれに当て嵌まらないが――綺麗な笑みを浮かべて、ナツルは声をかけた。それから二度、同じように呼びかける。
 いつもなら、三度呼べば起きる。だが今日は珍しく、反応はするものの、起きはしなかった。
「チビちゃんってば」
「ん……わかったってば、ユズ……」
 どうやら寝ぼけているらしい。誰か知らない名前を呼んだ。ナツルはこの珍しい事態に、小さく笑った。――これは、面白いかもしれない。
「……起きないと、悪戯しちゃうよ?」
「ん……」
「いいのかな」
「うん……」
 ほぼ意識のない返事に、ナツルは子供のように機嫌のいい笑みで、夏梨の眠る寝台に静かに乗り上げた。そして上から、半覚醒の夏梨の耳元に囁く。
「――好きだよ、チビちゃん」
 小さな耳に、悪戯を流し込む。どこまでも甘く作られたその声は、普通の女性なら赤面間違いない。果たしていかにも免疫のなさそうな、けれど全くナツルの外見に惑わされないこの寝ぼけた子供はどんな反応を返すのか。
 耳元に顔を近づけたまま反応を待つ。するとしばらくして、寝起きでとろんとした目のまま、夏梨がナツルを見た。いつものごとく怒声が来るか。そう予測を立てたナツルだったが、意外なことに夏梨は、まるで無防備にあどけなく、笑った。
「……チビ、ちゃん?」
 見たことのないその顔に、ナツルは一瞬困惑する。そのあいだに、小さな手が、ナツルの頭に伸ばされる。朝陽が照らしたナツルの色素の薄い髪は、光に透けてオレンジ色に染まっていた。そこに指を埋めて、夏梨は小さく呟く。
「いちにい」
 予想外の展開に思わずナツルが動けないでいるうちに、夏梨はそのまままたこてんと寝てしまった。そういえば最近は他学年の実習にひっきりなしに呼ばれるわ、休み時間に蛮原の相手から草鹿やちるの相手もし、夕方からは鍛練や勉強にと忙しそうだった。そろそろ疲れが出てもおかしくない。
 そんなことを一瞬のうちに考えて、ナツルはゆっくりと夏梨の上から体をどかす。そして寝台の端に腰掛けたまま、浅く息を吐いた。
(何、今の)
 不意に驚いたせいか、少し速まった鼓動を感じながら、ナツルは横目で眠り続ける夏梨を見る。その姿は相変わらず子供そのものだ。けれどナツルは先程、確かに。
(何を、思った?)
 ――可愛い、などと。
 そんなこと、今まで誰にもついぞ思ったことがない。口には簡単に出して見せるが、本当にそう思った記憶があるのは、どれもたいてい動物相手だ。子供だから、そう思いかけて否定した。何せ頭の足りない子供はどちからといえば苦手なのだ。だからこそ夏梨を気に入ったことが自分でも意外で、興味を持ったはずだというのに。
(僕は、そんな趣味じゃ……)
「……あなた何をしてるの、ナツル?」
 何故か内心での自己弁護を焦っていたせいか、相手が気配を隠したのか。おそらく両方だろうが、ナツルは穏やかだが妙な迫力のある声がして初めて我に返った。
 咄嗟に立ち上がった瞬間腰に手をやって、しかしそこに掴もうとしたいつもの刀がないことに気づく。そういえば置いてきたことに思い至って舌打ちをした一瞬、喉元に白刃が閃いた。
「最近一年棟の寮監が会議のたびに気まずそうだったのは、やっぱりそういうことだったのね。寮監をだまくらかして忍び込み、あまつさえよりによってその子に手を出すなんて――女子寮長としても私個人としても、見逃すことはできないわ」
「あー……君の好みそうな子だなとは思ってたけど、やっぱりもう知ってたんだ、真夜」
 喉元の小刀を確認しつつ、ナツルは妖艶かつ危険な雰囲気で薄く笑う彼女、水町真夜に小さく笑った。そして降参を示すように両手を上げて見せ、抵抗しない。数年来の付き合いがあるから、丸腰で彼女とやり合うのは分が悪いことはわかりきっていた。真夜は暗器の扱いに長けている。どこから何が出るかわからないのだ。
「私はあなたがそんな趣味だとは知らなかったけれど……この子には手を出させないわよ。この子は稀に見る逸材なんだから――私の趣味にクリーンヒットする子として、ね」
「相変わらず悪趣味だよねぇ。この子はともかく、君の好きになる条件の『小さくて可愛いもの』っていうのは、理解できないな」
「ふふ、してくれなくていいわ。あなたがそっちにまで目覚められると面倒だもの。ちなみに、その条件に『ただし女顔のみ』を付けておいてちょうだいな」
「……君って、世の中女だけになったらいいって思ってない?」
「そんな無理な夢は持たないわよ。世の中女顔の男だけいればいいとは思うけれど」
 似たようなものだ。そう思ったが、口にはしない。
「……可愛い、ねぇ」
 首だけで眠る夏梨を振り向いて、呟く。
「この子のどこが、可愛いと思うの? ただの子供じゃない」
 すると真夜は、愚問だと言いたげに美しい笑顔で答えてくれた。

「小さいっていうのは、それだけで萌えに値するのよ」

 ――結論。ナツルは先程頭を掠めた『可愛い』は気のせいだったと決定付けたのだった。
 ナツルが真夜に連行され、何も知らない夏梨が起き出すまで、あと数分。


[2010.04.03 初出 高宮圭]