MEMOLOG*プチお遊び企画SS

「一緒に寝るか?」(日夏+一護)


※夏梨が普通に死神です。いろいろ捏造。


 これは悪夢だ、とその声が聞こえた瞬間に日番谷は断じた。
「キミ、面白い子供やねえ……ボクの所に来うへん?」
「あんた、誰」
 深く警戒した硬い声で返したのは、日番谷もよく知る彼女だ。人間でありながら類い稀なる生まれを持って死神となり、今は部下でありながら昔と変わらず日番谷を友人と言って憚らぬ少女。しかしその姿は現在の彼女ではなく、日番谷が出会った頃のまだ小さな姿だった。
 夏梨、と呼ぼうとした声は、音にならなかった。同時に、日番谷は自分がその場に存在しないことを悟る。完全に干渉を許されぬ第三者として、日番谷はその男と夏梨が何故か対面しているのをただ見ていた。
 短い銀髪を少し揺らして、男は相変わらず内心を読めぬ笑みを浮かべる。
「市丸ギンや。そない睨まんと、な。黒崎一護の妹さん」
「……あんたも死神、なのか」
「ちょっと違うなァ。元、死神や」
「あたしに何の用だ。一兄ならいないよ」
「だから、言うたやろ? ボクのところにおいで、て言いに来たんや。――キミが知りたいこと全部、知れるとこに連れてってあげるで」
「あたしが……知りたいこと?」
 日番谷を置いて、二人の会話は進む。
 これは夢だ。それはわかりきっている。何故なら夏梨が市丸に会った事実はないはずだからだ。そして市丸は、既に敵として倒れた。
 それでも、嫌な感覚は治まらない。応えるな、と叫びたい衝動に苛まれる。
 けれどその叫びは夢の中の夏梨に届くことはない。
「……わかった」
 夏梨は、伸ばされた市丸の腕に姿を消した。


***


 これは夢だ、とその状況を認識した瞬間に夏梨は断じた。
「――命令だ、黒崎三席」
 真上から投げられた声は、聞き慣れた彼のものに間違いない。けれど紡がれる言葉が、今の状況が、彼の常とは違った。
「と……冬獅郎?」
 名前を呼んでみるが、日番谷はいっそ冷たい目で夏梨を真上から押さえ込んだまま見る。そしてぞっとするほど淡々と、命令を下した。
「俺以外の男に目を向けることは絶対に許さねえ」
 夢だ。
 間違いなく、夢だ。
 混乱する思考をまとめて、夏梨はやはりそう結論づけた。
 日番谷は確かに今の上司だ。だが、彼はこんなことは言わないし、しない。そんな関係でもない。一方的な想いは随分前から自覚しているが、それを口にする気は一切ないからだ。
 夢だ、だから。彼に怯える前に、早く覚めてほしい。


***


「――のあああっ!!」
 一護は、早朝には迷惑な叫びをあげて目を覚ました。ついでに体も勢いよく起こして、そのまま驚きや何やで爆走したままの心臓を持て余す。
 あれは夢か。夢だったのか。
 ふすまの向こうから聞こえる平和な鳥の鳴き声に、一護はようやく安堵したように息をついた。だがその瞬間、頭の中で先程夢で聞いたあの一言がフラッシュバックする。
 ――『……したら、おにいさんと呼ばせてもらうからな』
 肝心なところは聞こえなかったあの言葉。だが想像は容易すぎる。それを言ったのがあの銀髪の少年だったからには、誰とどうなって一護を兄と呼ぶようになるかなど、もはや愚問だ。
 悪夢とまではいかないながらも、小さくない衝撃をいなしきれぬ一護の耳に、更に今は心臓に悪い声が飛び込んで来た。


「逃げんな、冬獅郎!!」
「朝っぱらからいきなり何なんだ、てめえは!」
「うっさい! とりあえず一発殴られろ!」
 夏梨は叫んで、瞬歩を駆使して逃げる日番谷を追って、容赦なく破道をたたき付ける。常に寸前のところで避けて行く日番谷だが、いつもよりどことなく反応が鈍い気がした。だが、構ってやるほど今の夏梨の精神に余裕はない。
「おい、いい加減にしろ! 上司を攻撃する部下があるか!?」
「訓練だ、訓練! ――あんたのせいで色々夢見が悪かったんだよ、もうっ!!」
「夢って……おい、お前まさか市丸の……」
 と、日番谷の動きが著しく遅くなった一瞬を、夏梨は見逃さなかった。
「吹っ飛べ!!」
 叫ぶと同時に強か足を振り下ろす。それが避けられるのは想定済みだったから、夏梨の狙いは始めから巻き起こった風圧によるものだ。狙い通り、日番谷は空中で体勢を崩した――が、次の行動は予想外だった。
 鬼道を巻き込んだ風に飛ばされる寸前、日番谷は夏梨の腕を掴んだのだ。そして気づいたときには、夏梨共々人気のない青草の茂る草原に転がっていた。
「何すんだよ!」
「こっちの台詞だ! 会うなり仕掛けてきやがって……」
「むかついたんだから仕方ないでしょ! 夢であんたが出てきてもう――最低だったんだよ!」
 安眠返せ、と喚いた夏梨は何気なく夢に彼が出てきたことを暴露してしまったことに気づかない。だが日番谷はそこを聞き咎めたようだった。
「俺が出てきた? ……おい、俺の他に、誰かいたか」
「他って……」
「他の、男とかは」
「おとこ、って……」
 口にした瞬間、夢の日番谷と目の前の日番谷がだぶる。夏梨はやけに焦って答えた。
「いなかった、あんただけだった! ついでに言うとこないだこっそり氷輪丸と会ってたのはただ遊んでただけで、そのままうっかり子供に懐かれて遅くなっただけだから!」
「……ほう、道理で氷輪丸が『だるまさんがころんだは終わりがない』とかよくわかんねえことを呟いてたわけだ」
「え」
 日番谷の反応に、夏梨は若干言わなくてもいいことを言ったことを知る。だが、珍しくそれ以上の叱責はなかった。
「まあ、いい。……夏梨、お前俺以外に銀髪の奴を誰か知ってるか」
「え……浮竹さん、とか?」
「他は」
「知らないよ」
 何なんだ、と眉をひそめて答えると、日番谷は「ならいい」と安堵したかのように息をついた。
「……俺も、多少夢見が悪かっただけだ」
「あんたも?」
「ああ。……しばらくしたら起こせ」
 日番谷はそう言い置いて、草原にそのまま寝転ぶ。どうやら二度寝を決めたらしい。初夏とあって朝露は既に飛んでいて、程よい日差しは心地良さそうだった。
 そんなことを考えながら日番谷を眺めていると、不意に日番谷が目を開けて、寝転んだまま何の含みもない口調で言った。
「一緒に寝るか?」
 二人の年齢的に、はたから見ればちょっと待てと言われそうな台詞ではあったが、当人たちは全く色を含んでいるつもりはない。
 だから、心地良い風と日差しに既に誘われていた夏梨は、もちろん頷いた。
「うん」


 この後、一護が二人を見つけて「こいつが俺の義弟になるってか……」と悶々とすることになる。

[2010.04.10 初出 高宮圭]