MEMOLOG*プチお遊び企画SS

「俺は害虫駆除で忙しいんだ」(日夏+他)


(※色々捏造設定です)


 例えば連想ゲームとして。
 夏と言えば海。海と言えば水着。水着と言えば――
「ええっ夏梨あんた、日焼け止め持って来てないの!?」
 夏の海の砂浜で、乱菊がいっそ悲鳴じみた声で驚いても、夏梨は一切動じず頷いた。
「うん。どうせ海入らないし、あたし焼けにくいから」
「そういう問題じゃなくって! 女の子の必須アイテムは日焼け止めなのよ、ゆくゆくのお肌のシミからも守ってくれるのよ! ていうか、せっかくの海なのに泳がないつもり?」
「泳がないよ、あとが面倒臭いしさ。それにこっちの海、深いから中学生以下は遊泳禁止なんだよ。ずっと向こうに行けばいいけど、そっちに混ざる気もないし」
 と、何とも子供らしくないクールな返答をした夏梨は現在中二である。とは言え元からの大人びた性質のせいか立ち振る舞いが堂々としていて、高校生と言ってもおそらくまかり通るだろう容姿だ。第一、あからさまでない限りいちいち注意する監視員などいまい。乱菊はそう主張したのだが、夏梨は水着姿の乱菊の背をぽんと押した。
「規則は規則。聞き分けてね、副隊長でしょ?」
「んもー! 夏梨まで隊長と同じようなこと言わないでよ。あ、それとも入隊したらウチ入ってくれるの? 大歓迎よ!」
「だからまだあたし訓練生だってば……」
「夏梨の言う通りだ。さっさと行け、松本」
 夏梨の背後から現れて、且つ乱菊から引き離すように夏梨の肩を引いたのはたった今噂に上った日番谷当人だった。
 日番谷を見て、更に乱菊は不満げな顔になる。
「隊長! 今年もまた海の家でサボる気ですね、同じくまたも夏梨と!」
「慰安旅行にサボりも何もあるか。こいつと一緒なのは黒崎に頼まれたからだ」
 ここで日番谷が言う黒崎は、夏梨の兄たる一護である。毎年恒例になったこの海への慰安旅行にはいつも参加していたが、今回は途中参加になるらしい。
 その一護がどうして、と不可解そうな表情を浮かべた乱菊に、呆れた風情で夏梨が説明した。
「ほっとくと危険だから見張っといてくれって、冬獅郎に頼んだんだってさ、一兄が。あたしもうそんな子供じゃないのに」
「……ははあ、なるほどね」
 一護の言葉を聞き、乱菊は妙に納得して頷く。そして日番谷を見て、含みのある笑みを浮かべた。
「一護もあきらめたっていうか手放したって言うか……隊長、頑張ってくださいね?」
 あの子、絶対狙われますよ。
 夏梨には聞こえない声量でぼそっと呟けば、わかりやすく日番谷の表情が不機嫌になる。
「言われなくてもわかってる。さっさと行け。……それとも、俺の命令が聞けねえってのか」
「はいはい、わかりましたよ。そんなに怒らないでくださいってば」
 乱菊は茶化す調子で笑って、今度は素直に海のほうへ歩いて行った。
 だが、それを見送って少し。本当にほんの少しの間、日番谷は夏梨から離れた。
 パラソルの下に置いてきた伝令神機を取りに行ったに過ぎなかったのだが、夏梨のいた海の家付近に戻って来て、早くも乱菊の言葉が的中したことを知ることになった。
「なぁ、いいじゃん俺らと行こうよ」
「つーかオレ、マジにあんたにラブなんだけど! 超愛しちゃってるっていうか愛しちゃうっつーかァ!」
「こいつよりオレの愛のがすげーって!! なぁ、キョーミあるだろ? いいから来いって!!」
 夏梨が、三人の男共に絡まれていた。平たく言えばナンパである。
(早過ぎだろ)
 離れていた時間は三分に満たない程度。正にインスタントか、と我ながらくだらないことを思いつつ、日番谷は足を速めてそこに近づく。男達は気づいていないようだが、夏梨は気づいた。
(遅い)
 と眼差しで言われた気がする。遅いのではなくお前が捕まるのが早いんだと内心でため息をついた。
 明らかにチャラそうな三人組に、夏梨はあからさまに冷えた眼差しを返して相手にしていない。それに一人が痺れを切らして夏梨の腕を捕らえようとして――日番谷が男の手を払い退けた。
「何してんだ、お前」
 不機嫌な低音で言ったのは、夏梨にだ。それは伝わったらしく、夏梨も不機嫌な声で返す。
「あんたを待ってたんだけど? どうしてくれんの、この状況」
「知るか。どうやったらものの三分で『愛』まで言える仲になるんだ」
「そっちのオッサンに聞いてよ」
 完全に投げやりな夏梨は、辟易した態度を隠そうともしない。十代後半でオッサン呼ばわりされた男達は、一気に顔を険しいものに変えた。
「なんだテメエ、男が来た途端態度変えやがって。こんなチビに一対三で勝ち目あると思ってんのかよ!」
 食ってかかってきた男に、夏梨はわざとらしく肩を竦めて、一歩下がる。
「あーあ。死亡フラグ踏んだ」
 その言葉は、恐らく半分男に届かなかっただろう。日番谷の手刀が男の首に決められたからだ。
「な……」
 いつ日番谷が背後に回ったのか、何をしたのか。把握できなかった二人の男は言葉を失って、声もなく崩れた仲間の一人を見る。
「――俺の発育が悪くて、誰かに迷惑かけたか?」
 日番谷の鋭い眼光に射ぬかれて、男達は動けなくなる。だがちょうどそのとき、その空気を壊す場違いな電子音が鳴った。日番谷のポケットにある伝令神機だ。ため息をついて、日番谷は伝令神機を取り出す。そして着信が誰かを見て、夏梨に投げた。
 心得た夏梨は、着信に出る。
「もしもし、日番谷の携帯ですけど。あ、乱菊さん。うん、取り込み中っていうか……え、海の家の前だけど。そうそう、別れたとこ。冬獅郎はって? ――ねえ冬獅郎、乱菊さんが、」
「ほっとけ。今俺は害虫駆除で忙しいんだ」
「……もしもし、あ、聞こえた? ……え、ちょっと、乱菊さ……切れちゃった」
「――てっ、てめえら! 人がちょっとふらついたくらいでいい気になりやがって!!」
 と、伝令神機を片手に持つ夏梨に拳を振り上げたのは、今の今まで夏梨の足元で日番谷の手刀による一瞬の意識喪失とめまいに動けなかった男だった。
「うっわ、タフ……」
 どちらかというと感嘆で夏梨は呟いて、ひょいと男の攻撃を避けた。復活したとは言え、まだ足元がおぼつかないような拳など、避けるのはたやすい。
「乱闘騒ぎとかさ、面倒だからホント嫌なんだよね。もういいでしょ、おにーさん。ただの立ち話だったってことで」
 すると日番谷も、これ以上の面倒は御免だと言うふうに一歩下がる。
「ちなみに、知ってるか? 『愛してる』は『好き』より相手を尊敬しているという意味だ。……使い方を間違えるなよ、物好き」
「……おい冬獅郎、あんたそれどういう意味?」
「そのままの意味だが」
「最後の一言は絶対余計だ」
「なら、外見に騙されるな、に変えてやろうか」
「余計悪い!」
 などと周りを無視して口論を始めた二人を前に、三人組の男は若干尻込みした様子で、しかし立ち去るのも癪なのか、まだ二人を睨んでいた。
「――おい」
 だが、低い声でかけられたその声に振り向いて、男達は今度こそ戦意を喪失することになる。
 振り向いた先には、入れ墨と赤毛の目立つ目つきの悪い男と、金髪でスタイル抜群の美女が立っていたのだ。
「あ。恋兄」
 夏梨が呼んで、兄という響きに驚いたのか男達は後退る。それに気づいた乱菊が、にっこり笑って夏梨たちに歩み寄った。
「あんた達? うちの妹達に絡んだっていうのは」
「……妹?」
 何それ、という顔になった夏梨と日番谷の前に立って、乱菊は恋次を引っ張る。それに促されて、恋次は即興ながらも乱菊の芝居に乗った(というよりは乗せられた)。
「さっさと失せろ、てめえら」
 いかにも凶悪そうな顔で凄まれれば、もう男達は立ち向かう気すら失って、一目散に逃げる。
 そして三人が見えなくなってから、乱菊は日番谷と夏梨を振り返った。
「案の定でしたね、隊長?」
「嬉しそうに言うな。だいたい何だ、妹達って」
「効果抜群でしょ? 隊長は良い義兄と義姉に出会えてよかったですね!」
 乱菊を呆れた目で見る日番谷の隣で、夏梨は恋次を見上げる。
「もしかして恋兄、追い払うためだけに連れて来られたの?」
「一護がいないからって、半強制的にな」
「……お疲れ」
 労うように恋次の背中を叩いて、夏梨は日番谷を振り返った。
「ねえ冬獅郎、お礼にかき氷でもあげたら?」
「何で俺が。どっちかって言うとお前だろうが」
「ケチ。じゃあ、あたし買ってくる」
 不満そうにして一人で踵を返しかけた夏梨に、日番谷は思わず声をあげた。
「おい、待て」
「なに」
「……俺も行く」
「え、何で」
「学習しろ!」

 気苦労は、絶えない。


[2010.04.18 初出 高宮圭]