MEMOLOG*プチお遊び企画SS

「おぬしも悪よのう」(日番谷先遣隊とか現世組とか)


「みんなでコスプレしない? みんな似合うと思うの!」
 暇を持て余した乱菊の思いつきが口から発せられた瞬間、周囲にいた者たちは瞬時に姿をくらました。戦時でもないのにもれなく瞬歩を使ったため、間違いなく『瞬時』である。
 その場に一人残された乱菊は、当然憤慨した。
「何よぅみんなして! いいわよ、どうせあんたたちの行き場所なんかたかが知れてるんだから! ――何がなんでも、見つけてやるわ!」
 かくして、不毛なかくれんぼが幕を開けた。


「それで何でウチに来るんだ、バレバレじゃねーか!」
 ていうか俺を巻き込むんじゃねえ! という一護の喚きは、ことごとく流された。
「ぎゃーぎゃーうるせえぞ、一護。いいからとっとと入れろ」
 いっそ偉そうに言うのは一角だ。その後ろには弓親と恋次がいる。
「ていうかお前ら現世に何しに来てんだよ、調査じゃねえのか! 冬獅郎が隊長だろ、隊長権限で乱菊さん止めろよ!」
 もっともな意見だったが、弓親が呆れたようにこう返して、相殺されることになった。
「相手は乱菊さんだよ。止められるわけないじゃないか。逃げるのが最良の判断だと思うね」

 あの猛者揃いの十一番隊の席官にここまで言わせる乱菊に、一護はそら寒い感覚すら覚えた。
 ついでに、ならここに逃げ込むのも無意味なんじゃないかとも思ったが、あえて口には出さずにおいた。――結局その予感は、的中することになるのだけれど。

***

「……何でそんなことになってんのか、理解に苦しむんだけど。とりあえず聞いとく。――何してんの? あんたら」
 小学校から帰宅する途中。遊びにジン太とウルルを誘いに浦原商店に立ち寄った夏梨は、めくるめく混沌を見た。
 店の奥の部屋にこれでもかと広げられた服の山。その中でマネキンよろしく着せ替えられている顔見知り。と、兄。
「……一兄にコスプレ癖があるなんて知らなかった」
「あるわけねえだろ!! 巻き込まれてんだよ、とばっちりなんだよ! どうにかしてくれ!」
 一護の必死の懇願に、しかし夏梨は常のごとく淡泊に返した。
「いいんじゃない、今流行りの執事。似合ってる似合ってる」
「棒読みしてんじゃねえっ!」
「プラス手錠と足枷つきなんてマニアックすぎてあたしには理解できそうにないね。しかも男のオンパレード……帰るわ」
 もう辟易というかドン引きと言った顔で、夏梨は踵を返した。遊子にはしばらくこの店に近づくなと言っておこう。後ろで「俺の趣味じゃねえ!!」と叫ぶ兄の声が聞こえたけれど、綺麗に流した。
 しかし、関わるまいと心に決めていた夏梨が声をかけられたのは、店から少し離れた所でだった。
「おお、いいところにおったのぅ、夏梨。ちと訊ねたいのじゃが、よいか?」
 軽やかに塀の上に降り立ったのは、しゃなりとした黒猫だ。そして喋ったのも間違いなく黒猫だったが、その正体を知る夏梨は驚かなかった。
「夜一さん。どしたの?」
「うむ、実は人探しをしておってな。おぬしも知っておるじゃろう、日番谷なのじゃが。どこかで見なかったかのぅ」
 知った名前を出されて、やはりいるのかと納得する。先程一護と一緒に浦原商店にいた面子から見て、日番谷も来ているのかと過ぎってはいた。いつぞや家に来たことがある面々だったからだ。
「いや、見てないけど。……もしかしなくても一兄たちのあの格好って、夜一さんたちの仕業?」
 訊ねる体を取りながらも確信を持って口にすれば、黒猫はにやりと笑うように口元を舐めた。そして低くしわがれた声を更に低くする。
「――ほほう、アレを見たのか」
「何、その顔……」
「アレを見たとあってはタダで帰すわけにはいかんのぅ。――乱菊、井上、ルキア」
「「はーいっ」」
 夜一の呼名に応えて塀の下から現れたのはこれも知った顔だった。ただし元気よく返事をしたのは内二人で、残るルキアはどちらかというと引っ張られるがままに。
「久しぶり夏梨ちゃんっ。いきなり出て来てびっくりした? 実はずっと塀の後ろに隠れてたんだよ!」
「ちょーっと卑怯だけど、ごめんね。でも、子供用の服いっぱいあるのよね! 隊長と並べたら完璧になると思うのよ」
「す、すまぬ夏梨。悪いが捕まってはくれぬか」
 何だかよくわからないが、夏梨はしばらく無言で三人と一匹を見ていた。そして冷めた声で呟く。
「……つまり、ヒマなんだ」
 その一言は三人と一匹を一瞬凍り付かせた。
「おーい! 夏梨ちゃん、どうかしたのー?」
 背後から知った声がかけられたのは、彼女たちが動かなくなった一瞬を狙ったようなタイミングでだった。
 振り返ると、一護の友人として家でも親しまれている青年が二人、少し離れた所で手を振っている。
「水色くん、ケイゴくん」
 きょとんとして呟いている間に、二人は近くまで近づいて来た。そして夏梨の周りにいる面子を見て、ケイゴのほうが叫んだ。
「井上サンに朽木サン、そしてナイスバディなオネエサーン!!!」
「うるさいよケイゴ。こんにちは、夏梨ちゃん。なんだ、一人じゃなかったんだね。あっちからだと一人に見えたからさ。……ていうか何で朽木さんたちは塀に隠れるようなとこにいるの?」
 明らかに不審な場所にいる織姫たち三人は、思いきりぎくりとした。
「えーっとね、か、かくれんぼしてて? ね、ねっ! 朽木さんっ」
「そっそうですわ!! せ、せっかくの創立記念日ですしっ」
「ふーん? ああ、そっか。夏梨ちゃんと遊んでたんだ」
 納得したように水色が笑う。ケイゴはケイゴで何やらハイテンションなままだ。
 それは違う、と夏梨は訂正したくなったが面倒なのでやめた。そこで、ふと一つの手を思いつく。
「――ま、そんなとこ。でもあたしもう帰るからさ、水色くんたち代わりに入ってよ」
「え、俺らが?」
「うん。今から違うことするんだって。暇ならでいいけど。じゃ、あたしはこれで」
 言うだけ言って、夏梨は口を挟ませる間を与えずに踵を返す。だが、歩き出す寸前に、猫の鳴き声がした。
 それに夏梨は首だけで振り向いて、子供らしくない表情で笑って見せる。
「一人の代わりに二人。……文句ないだろ?」
 誰にも聞こえないほどの声量で呟いて、今度こそ歩き出す。すると、また一つ猫の鳴き声が聞こえた。

 ――おぬしも悪よのう。

 そう言っているような、そんな気がした。


***

 水色とケイゴを身代わりに逃げおおせた夏梨は、何事もなかったかのようにいつも遊んでいる広場まで来た。誰と遊ぶわけでもなかったが、万一家まで来られたら逃げ場に困るということを考えたゆえである。
 初夏とあって、徐々に日差しは強くなりつつあった。それを避けて、夏梨は木陰に入る。そして同年代の子供たちが遊び回るのを、のんびり眺めていた。
 風と共に葉ずれの音が通り抜ける。
 都会には少ないその音を心地よく聞いて、何気なく夏梨は上を見上げた。本当に何気なく。だから、それと目が合った一瞬は、何がそこにいるのかわからなかった。
「……何してんの、冬獅郎」
「……なんでよりによってこの木に来るんだ、お前」
 他にもあるだろ、と言われても理由なんかない。何となくだ。そう内心でぼやいて、夏梨はふと思い至った。
「なるほど、乱菊さんたちから避難してるわけだ。木を隠すなら森ってことか」
 まあ子供に紛れているわけではないから若干違う気もするが、まさかこんな広場にいるとは思うまい。
 図星だったらしい日番谷は、どこか憮然とした表情で木から降り立った。
「知ってるのか」
「まあね。さっき逃げて来たばっかだよ」
 すると日番谷は、軽く目を見開いた。
「よく逃げられたな」
「ものはやりようってね」
 夏梨は相変わらずの子供らしくない淡泊さを持って答える。方法を言わなかったのは意図してだ。
「ところで、他の奴らがどうなってるか知ってるか?」
 日番谷は若干訝しそうな顔をしたものの、そう話を変えた。どうやら他の者たちの顛末を知らないらしい。
 だから夏梨は、自分が見たありのままを聞かせた。
「一兄たちなら、浦原商店で燕尾服とか袈裟とかかぼちゃパンツとかひらひらとか着て、手錠と足枷付けて喚いてたよ」
「………………」
 ――死んでも捕まりたくない。
 沈黙した日番谷は、そう思っているのがありありとわかる表情をしていた。

 しかしこの後間もなく、二人は思いも寄らぬ密告者に発見されることになる。

***

 追い詰められた二人は、街中で障害物に身を隠していた。しかしすぐそこまで追跡者――乱菊と人の姿に戻った夜一が来ている。
「そろそろあきらめんか、童共。もうどこにも逃げ場はないぞ」
「そうですよ隊長ー。こっちはすっごく楽しいんですよ、ケイゴが風でめくれたスカートの中の下着を見て鼻血出しそうになったりとか、男のロマンの集合体が今ここに!」
 などとどこぞのキャッチコピー風に言われても、一切魅力を感じない。日番谷はため息をついて、成り行きで一緒に逃走している夏梨を見た。
 隠れてはいるが、既に居場所はばれている。こうなればもはや逃げたもの勝ちだ。それは二人ともわかっていた。
「……夏梨、お前はここにいろ、お前までとばっちり食う必要はねえ」
「いやいや何言ってんだよ冬獅郎。あたしのことは気にしなくていいから、あんたこそ残って」
 字面だけ見れば、何とも思いやりに溢れたやりとりだ。
 だが、実際にそれを言っている日番谷と夏梨の二人と言えば、据わった目にほぼ棒読み状態で、そこには思いやりのかけらもない。
「いや待て、よく考えたらとばっちりは俺のほうだろ。あいつはお前を追って広場まで来たんだ」
「あたしのせいにすんのかよ、ちっさい男だね、あんた。だいたい、あの子まで巻き込まれてるなんて知らな――」
 しかし夏梨が言いかけた言葉は最後まで紡がれることなく、今話題に上った『あの子』の無邪気な声によって遮られた。
「はーいっ! 夏梨ちゃん、冬獅郎くん、捕まえた!」

 ――捕獲者・黒崎遊子。
 そのとき遊子は天使の扮装をしていたが、二人には天使の顔した悪魔にしか見えなかった。

***

 かくして結局誰ひとり逃げ切ることなく、むしろ被害を拡大させて不毛なかくれんぼは幕を下ろした。
 そして最後に捕まった二人の末路はと言えば。
「わー! すっごく可愛いよ夏梨ちゃん!」
「冬獅郎くんもすっごく似合ってる! そっかぁ、乱菊さんが言ってたどうしても着せたい服ってこれだったんだ! これは男の子と女の子じゃなきゃだめだよね」
 遊子と織姫が似たようなテンションで騒ぎ、仕上がりを見た乱菊は満足げに胸を張る。
「実は色々迷ったんだけどね。やっぱりこれしかないでしょって思って。もう隊長、いつまで固まってるんですかぁ」
 ぽんっと肩を叩かれた日番谷は、不穏な空気を醸し出したまま固まり続けていた。何しろ今の彼の頭には黒くて丸いものが二つ付いており、燕尾服に蝶ネクタイ、手袋という――かの有名なネズミのマスコットキャラ(執事風)のコスプレである。もう何だかわけがわからない。
 そして夏梨は言うまでもなく、日番谷のコスプレの女バージョンだった。つまり、頭の耳にリボンをプラスしてワンピース姿というわけだ。しかしこちらは既に開き直っていた。
「いい加減あきらめなよ、冬獅郎。よかったじゃん、赤い短パンじゃなくて」
「そういう問題じゃねえ……!」
「そういえば一兄も執事だし。いいんじゃない? 兄弟っぽく見えなくもないよ。似てる似てる。あたし手錠付けて喜ぶ変態の妹でいたくないから譲り渡すわ」
「誰がそんな変態な兄貴いるか! 真顔棒読みで言ってんじゃねえ!!」
「つーか誰が変態だ、誰が!! こっちだってお前みたいな可愛いげのない弟は嫌だ!」
 相変わらず執事姿のままの一護が喚くが、残念ながら今だに逃亡防止の手錠があるので全く説得力がない。夏梨に白い目で、
「ごめん間違えた、一兄だけじゃないか。類は友を呼ぶってこういうことだね」
 と言われてあえなく撃沈した。
 更には誰が類で誰が友だと騒いだ一護の後方、一角(袈裟で法師仕様)や恋次(非常にイタいルキアデザインのかぼちゃパンツ王子様仕様)、弓親(既に宝塚並のひらひらレースで割とご満悦)に対しても、
「黙れ男共、女装させるぞ」
 の一言で鎮静化させた。
 開き直ってはいるが、夏梨の機嫌もよろしくないようである。

 この場で楽しげなのは、思い通りを実現した乱菊を筆頭にした、その協力者たちであった。
 その中でも一番無邪気で純粋に楽しんでいた遊子は、こう感想を述べた。
「これがお兄ちゃんたちの青春なんだねって思った!」


 一護と夏梨は、遊子の将来に一抹の不安を覚えた。

[2010.05.04 初出 高宮圭]