白い小さな手は震えることもなく、彼の首をゆるゆると、しかし確実に締め付けていた。
細い指が少しずつ食い込む感覚を感じながらなお、彼は口元に浮かべた笑みを微動だにさせない。
「びっくりやなあ」
苦しげな様子もなく、市丸は今自分を組み敷いているその子供に言った。
「何してもええよとは言うたけど、まさか飛び蹴りで倒されて首締められるとは思ってなかったわ。――おもろいね、キミ」
子供は歳不相応な眉間の皺を深くして、同じく歳不相応な淡々とした声音で返す。
「あたしはちっとも楽しくない。――あんた、誰」
「知らん人の首締めたらあかんって習わんかった?」
「名乗りもしない誘拐犯をぶっ倒すのは正当防衛だと思うよ」
「さっきまで怖くて動けんかったくせに、元気やねえ。黒崎一護の妹さん」
そう茶化せば、首にある手が力を強めた。それでも市丸は笑みを崩さない。そのままの顔で言葉を重ねた。
「おもろいと言えば……なあ、ボクがキミ連れ去るときのお兄さんの顔覚えとる? 化け物みたいな格好やのに、絶望と憎しみと――えらい人間らしい顔やったなあ」
すると、今まで静かな体を保っていた名も知らぬ一護の妹は、鋭く激昂した。
「一兄は、化け物なんかじゃない!」
「でも、キミも怖かったやろ?」
「怖くなんか――」
続けて喚こうとした子供の口を、市丸は片手で掴んで塞いだ。その衝撃で、市丸の首にかかった小さな手が外れる。
突き飛ばされそうになった子供の体を、さらにそのまま引き倒す。床に叩き付けて、そこでようやく口を解放してやった。続けて、引きつった声をわずかに漏らす子供の呼吸を阻害するように、容赦なく胸の上から肺を圧迫する。
「――暴走したお兄さんに、こんなふうに殺されかけてたやん。なあ?」
まだ未成熟な子供の骨が軋む音が、手のひらに伝わる。
満足に呼吸できない子供は、顔を歪めて喘いだ。小さな両手が市丸の手に抗うように爪を立てたが、効果はないに等しい。
何の力も持たないこの子供を死に至らしめることは簡単だ。だが、市丸はひょいと彼女を圧迫していた片手をどけてやった。
子供は突然入ってきた空気にむせ返り、体を丸めて咳を繰り返す。
それを見ながら、市丸は至極つまらなさそうな声音で言った。
「あかんわ、やっぱりこう言うのは性に合わへんね。――どうせやったら、すぱっと刀でやりたいんやけどなァ」
壊すなら言葉で。殺すなら刀で。遊ぶなら楽しく。
どれも満たされないのなら、やる意味はない。
市丸は、床に丸まって転がる少女のそばにしゃがみこんだ。
「まあ、キミ殺したら藍染隊長に怒られそうやし。最初の飛び蹴りはおもろかったし。――これからよろしゅうな? 黒崎一護の妹さん。あ、名前何やっけ?」
先程まで殺しかけていた相手に笑顔で名前を尋ねる。こういう所作は、はたから見れば『狂っている』のかもしれない。けれど市丸自身は、狂ったつもりなどなかった。
彼に取って、笑みは楽しみの象徴だ。いかなる状況でも笑み一つで楽しむことができる。このつまらない世界で覚えた、一つの術。
――けれど、足元に転がる子供には、狂気にしか映らないだろう。
市丸の霊圧を前に、苦しげに体を丸めたままの子供は、しかしはっきりと答えた。
「……誰が、よろしくなんか、するか」
横たわったまま床から見上げる子供の目には、確かに恐怖もあった。しかしそれ以上に強い、嫌悪が浮かんでいた。
そうして、子供は吐き捨てるように言った。
「あんたらなんか、大嫌いだ」
開店休業リク企画5つめ。
アイ蘭さまより「破面に拉致された夏梨。藍染のもとへ連れられる前の一幕。日夏前提でシリアスに」とのリクエストでした。
……アレ、日夏前提どこ行った……!!orzす、すみませ……どっちかっていうと一夏前提(ごほごほ)
設定としては、戦いの最中にわざと夏梨を連れて来た市丸→激昂する一護→虚化して一時取り返すも夏梨を殺しそうになる→もっかい市丸が掻っ攫う。で、二人の現在地は虚夜宮のどっかです(←)
そんな感じの捏造です。市丸の遊びの一環かもしれない。思いっきり市丸を悪役にしてみたくて書きました。夏梨はもれなく心の底から死神というか市丸を嫌悪するようになると思う!(←)
遅くなって申し訳ありませんでした;リクエストありがとうございました!少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
[2010.06.09 初出 高宮圭]