One day First

by episode132

後編

 結果として、冬獅郎たちは見事勝利した。
 冬獅郎が参戦してから以後、彼はものの見事に敵を翻弄し、驚くほどあっさり連続でシュートを決めたのだ。
「ありがとな、冬獅郎のおかげだよ」
「お前のシュートが勝利点だろ」
「それだって冬獅郎のパスのおかげだし」
 へへ、と嬉しそうに笑う少女は、ひょこりと足を引きずっている。見たところ相当の痛みがあるだろうに、結局最後まで走り抜いた。
 最後の最後、「お前のチームだ、お前が決めろ」とラストシュートを彼女に譲ったのは、言葉通りの意味もあったが、それに能う信用と根性を見込んだからに他ならない。
 また夕暮れが近づいて来ている。帰ろうとしかけて、ふと今日来た本題を思い出した。問いたいことがあって、冬獅郎は今日来たのだ。
 幸い、今は他の子供たちからは距離がある。
「ちょっと話がある」
「話? なんだよ、冬獅郎」
 気兼ねなく名を呼ばれることに違和感を感じなくなっていることに、そのとき気づいた。次いで、そういえばこの少女の名前を知らないことに思い至る。しかしとりあえずはそれを置いて、冬獅郎は言葉を続けた。
「……お前、この間」
 何か見たか、と問おうとしたところで、耳に障るメリメリという音が、高く響いた。雷に似て、だが非なるもの。
 肌がざわつく。瞬時に、これは虚の生み出すものだとわかった。見上げると、空に亀裂が入っている。
「あれ……また出やがった」
 呟きに気づいて見ると、少女も空を、亀裂を見ていた。
(やはり、見えるか)
 亀裂を破って、虚が頭を出す。吹き付けた霊圧に、冬獅郎は舌打ちして隣にいた少女を庇うように抱えて飛んだ。片手で指令を確認する。
(これはヒュージホロウ……いや、メノスか)
 地面がえぐられ、土煙が巻き上がる。離れた場所にいた他の子供たちが吹き飛ばされた。
「みんな!」
「待て、行くな!」
 少女が駆け出そうとするのを、冬獅郎は制止した。
 少女はそれに目を見開いた。
「冬獅郎、お前あれが見えるのか?」
「説明は後だ。とにかく逃げろ」
「だ……だめだ! みんなだっているのに……っ」
 そう断言して立ち上がった彼女は、メノスの霊圧に恐れもせずにボールをメノスに向けて蹴った。
「おい!」
 命知らずにも程がある。そもそも普通ならば霊圧にあてられて動けなくなってもおかしくないと言うのに、少女は気にした様子もない。
(ということは、メノスの狙いはこいつか!)
 出てきたのは、虚の更に上級であるギリアンクラス、大虚だ。少女の蹴ったボールなど当然ものともせず、標的を絞る。
「くそ……っ」
 その巨大な拳が少女の上に振り下ろされる刹那、毒づいて冬獅郎は義骸を脱ぎ捨てた。



***



 ひらひらと、白と黒が舞う。
 眩しい銀の光が目を刺す。
 彼がその姿になったことに、夏梨はそう驚くことはなかった。むしろ、納得したと言っていい。冬獅郎から感じていた不可思議な感覚は、『これ』だったのだ。
(……一兄と、同じ)
 振り上げられた化け物の拳が、夏梨に届くことはなかった。その圧に負けて夏梨たちのいる場以外は抉られているが、彼が一閃で防いだ場所は変わりない。
 風圧に座り込んだ夏梨の目の前には、黒い着物に十という数字が印された白の羽織を着た冬獅郎がいた。
(死神)
 夏梨がそれを認識した次の瞬間、冷えた空気が頬を刺す。
「――霜天に坐せ」
 歳の割には低く聞こえる声が、言葉を紡ぐ。
「氷輪丸」
 風がうなる。空が見る間に雲に覆われ、ばらばらと雹が振り出す。
 大気が意思を持ったように、化け物に食らいつき、見る間に凍りついた。腕が易く落ちる。
 化け物が叫ぶ。だが冬獅郎は動じることもなく、それを受け流した。
「残念だったな、現世に隊長の俺がいたばかりに、お前らは何もできない」
 化け物はその言葉に挑発されたように、仮面の中央に赤い光を集め始める。
「虚閃か」
 小さく呟くと、冬獅郎は地面を蹴って飛び上がった。
「――遅え」
 同時に刀が振り下ろされる。赤い光は放たれることなく、化け物は凍りつき、ばらばらに散った。
 圧倒的なその力を前に、夏梨はただ呆然とする。
 その間に雲は晴れ、また夕暮れ空が顔を出した。
「大丈夫か」
「あ……ああ」
 差し出された手を借りて立ち上がりながら、夏梨は「みんなは」と辺りを見渡す。どうやら意識を取り戻したらしい友人たちは、何とか起き出していた。
「大丈夫だ」
「……よかった」
 立ち上がって、改めて目の前の冬獅郎を見る。違和感なく収まってしまっているのが、不思議に思えた。
「冬獅郎。お前、その格好……」
 言い差すと、彼はどこか苦笑がちに「ああ」と言った。
「強い霊力を持っているようだが、まさか俺の姿まで見えるとはな」
 だが、夏梨にとってそんなことはどうでもよかった。
 逃げられまいと両肩を掴んで、冬獅郎に詰め寄る。
「なあ、あんた、一兄の居場所知らないか!?」
「は……」
 意表を衝かれたらしい冬獅郎は、訝しげに眉をひそめた。
 夏梨は畳み掛けるように、言葉を続ける。
「その格好、死神だろ!」
「――なぜ死神のことを知っている?」
 今度こそ心底驚いた様子で彼は返す。
「あたしの兄貴も、死神だからだ。――名前は、黒崎一護」
「黒崎!?」


***


「そうか、お前、黒崎一護の妹か。……どうりで」
 黒崎一護。その名を聞いて、ようやく冬獅郎は合点がいった。彼女がやけに霊力が強いのも、それで説明がつく。
 もっとも、どうやら兄より霊圧操作は上手いらしいが。
 そしてもうひとつ、わかったことがあった。
(気づいていたのか、こいつ)
 黒埼一護は死神代行のことを家族には言っていない。だがあれだけの霊力を持ち、そして妹にこれだけの力があるならば、気づかないほうがおかしい。
 そして兄が何をしているか気づいているからこそ、この妹はこんなにも心配しているのだろう。
(……もう少し上手くやれ、黒崎)
 あの男にそんな器用なことを言っても無理なことはわかってはいたが、今ばかりはそう思わずにいられなかった。
 切実な妹の目から視線を逸らし、仕方なく冬獅郎は答える。
「……いや、悪いが、俺も居場所までは知らない」
「……そう、か」
 妹はわかりやすく落胆を見せた。掴んでいた冬獅郎の肩から手を離し、俯いて、泣くまいとするように唇を噛む。しかしその目じりには、徐々に涙が溜まりつつあった。
 自分が泣かせたわけではない。だがえも言われぬ妙な罪悪感に耐えかねて、「だが」と冬獅郎は口を開いた。
「黒崎は強くなろうとしている。……お前と同じだ」
 妹の顔が上がる。あの怪我をしても、メノスを前にしてさえ泣かなかった彼女が、今は頼りない表情で冬獅郎の声に耳を傾けていた。
 無防備にひけらかされた弱い部分を目の当たりにして、自然と声が柔らかくなったことに、冬獅郎自身も気づかない。
「どんなことになっても、最後まであきらめない。そういう奴だ、あいつは」
 まだ表情は暗かった。それはそうだ。漠然としたことしか言ってやれていないのだから。
「……心配するな。お前の兄貴だろ」
 続けたその言葉に、妹は目を見開き、それから目じりの涙を拭って、笑った。
「そうだな!」
 やっと笑った。それにやけにほっとして冬獅郎は息をつく。

「たーいちょーう、ご無事ですかあ?」
 そこに割って入ったのんきな声に、冬獅郎はまた出そうになったため息をこらえた。
 あの声は乱菊に違いない。来るなら来るで、もっと早く来ればいいものを。
 見やれば、案の定向こうから乱菊がやってくるところだった。
「あの人も死神?」
「ああ。俺の部下だ」
「へえ、部下がいるんだ」
「まあな」
 申し訳程度に駆けてきた乱菊に、「遅いぞ」と言えば、明らかにそう思っていない口調で「申し訳ありません」と言われる。今に始まったことではないが、ため息は禁じえない。
「あれえ? 隊長、この子……」
 一緒にいる妹を指差して首を傾げた乱菊に、黒埼一護の妹だ、と簡潔に言えば、驚きながらも納得したらしい。
 乱菊が自己紹介などしている間に、冬獅郎はそれにしても、と考え込む。
 これだけ強い力があっては、黒崎一護がいない今、虚に襲われかねない。黒崎家に居候していた朽木ルキアも、今は尸魂界に帰還している。
(……仕方ない、気をつけておくか)
 そう決めたところで、おもむろに頭に触れられた。
「な」
「へえ、すげえな冬獅郎! ほんとに偉いんだ、小学生のくせに!」
「は」
 わしゃわしゃとためらいなく頭を撫で回されて、一瞬先程まで考えていた案を破棄しそうになる。
 だがとりあえず頭にある手を跳ね除けると、一番不本意な点を訂正することにした。
「黙って聞いてりゃ、小学生小学生って、てめえ……」
「なんだよ、だってあたしと変わんないだろ?」
 後ろで耐えかねた乱菊が爆笑している。それはあとで制裁するとして、とりあえず。

「――俺は、小学生じゃねえ!」



一周年、本当にありがとうございます!
これがBLEACHでも、日夏としても本当に初めて書いたものです。ほぼ勝手にノベライズなんですが(汗)
もともと、132話を見て燃え上がって、友人にそれを伝えるために書いて無理やり読ませたんですよね(笑)
なのでホントに丸々一年……六月だったから一年と一ヶ月ほど前に書いたものです。だからいつもは地の文で「日番谷」なのに「冬獅郎」なんですよね。直そうかとも思ったんですが、せっかくなのでそのままにしてみました。
今思えば、これで本気に火がついたのかもしれません。そういう意味でも記念すべき一周年作品として。
感謝をこめて。
[2010.07.25 初出 高宮圭]