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-SummerVacation!-

01 : 海日和

「というわけで行きましょ、隊長!」
「……何の話だ」
 仕事をほっぽりだして姿を消していた乱菊が、執務室に戻ってくるや口にしたのは唐突な誘いであった。
 日番谷は書類を黙々と片付けていた手を止め、あからさまに顔をしかめる。
「だ、か、ら、海ですよ、海!」
「何がどう『だから』なんだ。くだらねえこと言ってねえでさっさと仕事に戻れ」
「ほら、前も行ったじゃないですか、女性死神協会の慰安旅行です!」
 わかりやすい日番谷の苛々した様子を意に介した様子もなく乱菊は続ける。
 その言葉に、さらに日番谷が嫌そうな顔をした。
 確かに以前、女性死神協会の立案で半ば強制的に海に連れて行かれたことがある。暑いのが得意でない日番谷にとっては御免こうむりたいことではあったが、卯ノ花の提案だと言われてしまえば、断固拒否もできなかったのだ。もっぱら海の家で製氷役に徹した記憶しかない。
「もちろん、今回も理事長の提案でーす」
 語尾にハートマークでも付きそうなほど上機嫌に乱菊は言ってみせる。
 ここで言うところの理事長は女性死神協会の理事長のことであり――つまりは卯ノ花である。
 日番谷は視線をまだ机に残った書類に向け、次いで乱菊の背側にあるソファの下に隠されているだろう書類にも向け、低く「わかった」と言った。
 そう来なくちゃ、と乱菊が喜んだ所で、すかさずその腕を捕まえる。
「へ?」
「行ってやる。ただしお前の仕事が終わってからだ」
 ついでに逃亡を図られぬよう、一瞬で氷漬けにされた出入り口に気づいた乱菊は、一変して心の底から嫌そうな声をあげた。

***

 かくして現世の海に集結したのは以前と変わらぬ面々だった。
 女性死神協会の主要メンバー、またも半強制で連れて来られたであろう白哉、以前と同じく誘われたらしい浮竹、恋次、一角。そして現世案内組と名指された一護たちである。
 違うと言えば、今回はビーチが貸切ではなかったことだ。
「何でだ?」
 と一護が恋次に問うてみたところ、その問いは隣にいたルキアに回され、さらにやちる、乱菊、清音、勇音と回って、ついに卯ノ花まで辿り着いたところで、やっと答えを得た。
 曰く、
「あとのお楽しみです」
 彼女にそう言われてしまえば、誰も重ねて問うことなどできなくなるのは当然至極である。

 ともあれ、ビーチはあちらにも人こちらにも人、見渡す限りに人がいた。
 こんなところで死神勢(しかも主に隊長格)が遊んでいいものなのかと思われたが、誰もそれは口にしない。
 そもそも実際に遊び始めてみれば、何のかんのと流れてしまったふうになった。
「行っくわよー!」
 威勢のいい声と共に、ビーチボールが乱菊のサーブで放たれる。
「行ったよ朽木さん!」
「はっはい!」
 清音のかけ声にルキアがネット際でトスを上げた。次いで叫ぶ。
「砕蜂隊長!」
「任せろ」
 控えていた砕蜂が高々とジャンプし、あやまたずボールを打ち落とす。
 バシリと景気のいい音と共に相手のコートにスパイクが決まった。
「やったあ、先取点! さっすが砕蜂隊長!」
「お見事です!」
「どうということはない」
 鮮やかに着地してみせた砕蜂はいつもと変わらぬ冷静な口調で返す。だが視線はちらちらと相手コートに始終向けられていた。
 その視線に気づいたのか、相手コートにいた夜一が笑ってみせる。
「なかなかやるではないか、砕蜂」
「はっ……あ、ありがとうございます、夜一様!」
「じゃがこちらも容赦はせんぞ。さあ来い!」
「はっ、はい!」
 夜一の言葉に誘われるように、砕蜂はサーブを打ち込む。
「あっ砕蜂隊長!」
 意図に気づいた清音が声を上げるが、もう遅い。
 ボールはまっすぐ夜一目がけて迫って行く。最初から狙いがわかっているボールなど、夜一にとってはコントロールも容易いものだ。
 にやりと笑った夜一は、後方にいるため大きく弧を描いて落ちてきたサーブを空中で激烈に叩いた。
 ボールは砂浜に埋まる勢いで、砕蜂の足元にのめり込む。
「ナイス夜一さん! これでお色気チーム一点、お子様チーム一点ね!」
「さすがですね、夜一さん!」
「何、大したことではない」
 寄って来た乱菊と織姫とハイタッチを交わし、夜一は爽やかに笑う。
 一方で砕蜂は清音に「わかりやすく打ってどうするんですかー!」と言われていたが、夜一の策に感服した様子でおそらく聞いていない。
「ていうか、何ですかそのチーム名! ね、朽木さん!」
「は、はあ……」
 砕蜂に言うのをあきらめたらしい清音はぐるりと踵を返すと、ルキアを引っ張って意見した。
「えー、見たままでわかりやすいじゃない」
 あっけらかんと乱菊が言う。
 確かに織姫、乱菊、夜一のチームはスタイルがいい。対してルキア、清音、砕蜂のチームはお子様体型と言われてしまえばそれまでだ。
 そこからさらにビーチバレーとはほぼ関係ない応酬が繰り返されることになり、しまいには半ば人間離れしたビーチバレーへと発展し、観客が寄って来るまでになったところで、億劫そうにパラソルの下で見物していた日番谷は腰を上げた。
「どっか行くのか?」
 一通り海で泳いで休憩に戻ってきていた一護が気づいて訊ねる。
 暑いのが苦手な日番谷は、泳ぎにも砂浜にも行かず、パラソルの日陰で読書に勤しんでいた。本当は海の家にいたかったのだが、人が多くてやめたのだ。
 似たようなことを白哉もやっていたが、どうやらやちるにことごとく邪魔されて今はなぜか沖合いまで出ている。
 日番谷は一護の問いに気だるそうに頷いた。
「この暑いのに人まで増えちゃたまらねえ。どっか人気のない涼しいとこを探す」
「じゃ、俺も行く」
「……何でだ」
「だってお前、ここじゃただの子供に見えるだろ」
 思わず日番谷はこめかみを痙攣させたが、確かにそうだ。苛つきをため息に変えて、「行くぞ」と覇気なく言った。


***


「てなわけで、ご一緒しません? 夏梨サン」
「やなこった」
「えー」
「いいオトナが『えー』とか言うんじゃねえ!」
 夏梨は容赦なく浦原の言葉をはねのけた。ついでにその隣でじいっと夏梨を見つめていたテッサイとウルルにも「嫌なもんはイヤ!」と言い切る。
 何事かと言えば、夏梨が遊んだ帰りに何ともなしに浦原商店に来た途端、浦原がずいと寄って来て、「アタシたち、明日海に行くんです」と切り出したのだ。
 それを夏梨がにべもなく切り捨てて、今に至る。
「何でッスか? 海ですよ、海! 白い砂浜に青い海、パーっと遊びたいと思いません?」
「だから、あたし海は嫌いなんだよ。どうしてもってんなら遊子連れて来てやるから」
「え!」
 それにわかりやすく反応したのはジン太だった。先程までは大して気のない様子で部屋に寝転がっていたのに、がばっと身を起こして何やらあたふたしている。
「……ほら、そっちのが喜ぶ奴いるみたいだし?」
「はっ、ばっ、バカヤロー! 俺は別にあいつのことなんかなあ!」
「誰もあんたのことだとは言ってないでしょ」
 夏梨が呆れたように揚げ足を取れば、面白い程に真っ赤になって口をぱくぱくさせ始めた。それをまるでスルーして、「とにかく」と夏梨は続ける。
「あたしは行かない……」
「え! 夏梨ちゃん、行かないの?」
 不意に割って入ったよく知る声に、夏梨はぎょっとして振り返る。店の入り口には今から買い物に行くのか、鞄を肩から提げた遊子がいた。
「遊子、あんた何して……って待て。何で知ってんの?」
「さっき買い物してるときにウルルちゃんに会って、誘われたの。夏梨ちゃんも行くからって。それで一回帰って水着買いに行こうってことになって」
 なるほど、それで出てきたらしい。理解はしたものの、納得できずに夏梨は浦原を再度振り向く。
「おいこら! 勝手にあたしをカウントするな!」
「いやあ、夏梨サンならきっと行ってくれると思いまして」
「だから、行かないって!」
 再度否定したところで、心細そうな声がした。
「夏梨ちゃんが行かないなら、あたしもやめとこうかな……」
「え……」
 困りきった様子で申し訳なさそうに呟いたのは遊子だ。いつの間にか遊子の隣に移動していたウルルが、それに小さく声をあげる。
「行かないの……?」
「うん……ちょっと心細いし……」
「そう……」
 ――至極残念そうに、二人がうなだれる。
 夏梨はばっとそちらから視線を逸らした。
「一兄誘えばいいだろ!」
「残念、黒崎サンは先約があるようでして」
「……っ」
 思わず言葉に詰まる。唇を真一文字に引き結んで一度俯き、そっと視線を遊子たちの方向へ巡らせてみた。
 どうやらだいぶウルルが落ち込んでいる。遊子も残念そうに苦笑していた。
 ついでにジン太にも向けてみる。見るからに拗ねてしまっている。
 夏梨は大きくため息をついた。
 海は嫌いだ。だが、ここの連中は友達だ。さらに言えば遊子は毎日の家事を一手に担っているから、一日中遊ぶ機会などそうない。
「――わかったよ」
 疲れたように息共々吐き出せば、途端に遊子たち一同が沸いた。
 その豹変ぶりにまるでさっきのしおらしさは演技だったかのように思えて来て、それを否定するにはあまりにこの店は胡散臭く、双子の姉はちゃっかりしているのを知っている。
 早速集合時間などを決め始めた面々の中で、夏梨はもう一度ため息をついた。

[2009.07.25 初出 高宮圭]