拍手御礼・弐

-猫-

01 : 怪談話

「そしたらね、誰も使ってないはずのお風呂場から、真夜中に、ざー、ざーって聞こえてきて……」
 小学校。昼休み。
 机を合わせて弁当を食べ終えた夏梨、遊子を含める女子数人は、雑談――怪談話に花を咲かせていた。
 何だって夏でもない春の今にそんなことになったのか、夏梨は話半分でそれを聞きつつ、若干うんざりした気分で考えている。たぶん、特別教室棟のトイレでユウレイがどうたら、というのがきっかけだった。
 安心しろ、そこには何もいない。と、見える夏梨はわかりつつも、まさかそんなことを言うわけにもいかないから、黙っていたら、いつの間にか怪談話の披露会になっていた次第だ。
「それで、勢い良くドアを開けたら! 『み〜た〜な〜』って!」
「きゃーっ!!」
「でもでも、その人はこう返したの、『み〜た〜よ〜』って!」
「きゃーっ!!」
(……今のどこで『きゃー』?)
 夏梨はこれならいつもの男子の面子にフットサルに入れてもらうんだった、と今更な後悔をする。でもそこそこ女子側にもいなければならないちょっと面倒な女の友達付き合いを思って、双子の姉には見えない角度でため息をついた。
 別に自分が女子のめんどくさいグループ関係の中でどう思われて何を言われようが構わないし、わざわざ話の合わない場にいたいわけもない。けれど、遊子は違う。双子ということでやたらセット扱いされる状況では、夏梨がそんなことになれば確実に遊子も巻き込む。
 それを知っているから、夏梨はこうしてたまに、バランスを取るように女子側にも入るのだ。
(女ってめんどくさい……)
 弱冠小学生にして、夏梨はしみじみとそれを感じていた。


***


 結局、夏梨は半分も怪談話を聞かずに昼休みを終え、その日も終わって夜を迎えた。
 それなのにその夜、断片的に怪談話を思い出すことになったのは、風呂場から聞こえてきた音のせいだ。
 ざああ、と明らかな水音が、風呂場からする。
 それに気づいたのは、真夜中、皆が寝静まった頃に夏梨がトイレに起き出したときのことだった。
(……気のせい、じゃないよな)
 一度聞き流してしまおうとして、けれどそれをするには断続的に聞こえるその音はリアルすぎた。
 今は真夜中。当然灯りなどついていないし、風呂場も使うはずがない。

 ――『誰も使ってないはずのお風呂場から、真夜中に、ざー、ざーって聞こえてきて……』

 昼間聞いたあの怪談話が脳裏に過ぎる。
 その自身の思考に、夏梨は顔をしかめた。
(くっだらない)
 自分に毒づいて、夏梨は部屋に戻ろうとした踵を風呂場の方向へ返す。気になるなら、確かめればいいだけのことだ。
 そう断じて、夏梨はずかずかと、真っ暗闇な家の中で歩を進めた。
 そして、風呂場。
(電気ついてる)
 脱衣場のドアを開ける前に、それに気づく。幽霊がわざわざ電気を要して風呂に、など考えられないから、やはり父親か兄か、と思ったが、一度入ったのを知っている。わざわざ二度入るとも思えなかった。
 では誰が、と若干緊張しそうになる体をぎゅっと自分の手で押さえ、夏梨は強く風呂場へのドアを睨みつけた。
(誰だか知らないけど――)
 無駄に力を込めて、夏梨はドアを思い切り引く。そして脱衣場に飛び込むと、風呂場のドアを勢い良く開け放った。

「人んちの風呂、勝手に使ってんじゃないよ!!」
「ひ、きゃああっ!?」

 夏梨が叫ぶや、風呂場にいたその犯人は、相当驚いた声音で悲鳴をあげて、足を滑らせたのかぶくぶくと湯船に沈む。
 一瞬のことにぽかんとした夏梨だったが、そのまま上がって来ない悲鳴の主にぎょっとして湯船に駆け寄った。
「ちょっ、あんた何してんだよ!?」
 慌てて腕を引っ張り上げると、何とか体勢を立て直したらしい『彼女』は、げほごほとむせ返る。
「し、死ぬかと思った……」
 そう呟いたと思うと、『彼女』はきっと夏梨を睨みつけた。
「ちょっとあんた! 何してくれんのよ、危うく溺れるとこだったじゃない!!」
「いや、ていうかあんた、何してんだよ!?」
 思わず呆然として湯船の『彼女』を見ていた夏梨は、我を取り戻して叫ぶ。
 何しろ、湯船にいる抜群のスタイルを持つ彼女には、確かな見覚えがあったのだ。
 くるんと跳ねた赤茶の髪、髪と同じ色の猫耳、そしてしっぽ。――明らかに普通でない彼女は。
「灰猫さんだろ、あんた!」
「え」
 名前を呼ぶと、きょとんとした様子でまじまじと夏梨を見た彼女は、ようやく夏梨を認識した様子でぴこぴこと耳を動かした。

「あっあのときのガキんちょ!!」
「誰がガキんちょだ!」

 正体不明の水音の犯人。奇しくも怪談話にマッチした現象を作り出したその原因は、あの一件、『氷』を巡るあの件で少しだけ関わった、『灰猫』と名乗る、彼女だった。


斬魄刀ネタ第二弾。
[2010.03.02 初出 高宮圭]