「付き合わせて悪かったな」
駅を出て、百貨店から空座町に戻ってきたところで、日番谷は夏梨に言った。
彼女の手にも、日番谷の手にも角ばった買い物袋が提げられている。
「別に、どうせあたしもプレゼント買いだったし。いいの見つかって良かったね」
駅から出ると、冬らしくよく冷えた外気が体を包む。だが電車の暖房の中で若干火照っていた体にはちょうど良いくらいだった。
それにしても人多すぎだろ、と夏梨はげんなりした様子で息をつき、足首をくいくいとマッサージするように動かす。それを見て、日番谷はすいと視線を巡らせ、黙って駅前の空いていたベンチに座った。それに気づいた夏梨が同じく隣に座る。
「なに、疲れた?」
「別に。……ずっと歩き通しだったしな」
「ま、そうだね。あの店やたらデカいし……あ、そうだ」
ふと夏梨が何か思い出したようにがさごそと自分の買ったものをやりだして、日番谷は訝しくそれを見ながら訊ねてみた。
「そういえば、お前はいつの間に自分の分買ってたんだ」
何だかんだでほとんどの時間を日番谷の探し物に当てた自覚があるからこその問いだったのだが、夏梨は何でもないように、相変わらず荷物を探りながら答える。
「あんたが考え込んで、動かない話さない聞いてないの三拍子揃いになったとき。三十分は余裕で離れてたよ」
「……そうだったのか」
そんなに考え込んでいただろうか、と思い返すが、確かに夏梨が離れたことに気づいた記憶はない。ということは、それだけ考え込んでいたのだろう。
「あ、あったあった」
日番谷が記憶をたぐっているうち、ようやく夏梨が目的のものを見つけたらしい。袋から手のひら大の、綺麗にラッピングされた四角い箱を取り出した。
日番谷が何となくその箱を見ていると、夏梨はひょいっとその箱を日番谷のほうに差し出す。
「はい、あげる」
「……は」
唐突なそれに思わず日番谷が面食らっていると、夏梨は半ば呆れたようにしながら日番谷の膝にその箱を乗せた。
「あんた、明日誕生日だろ? 一日早いけど、おめでと。あ、あとメリークリスマスも付けとく」
「覚えてたのか」
「店で思い出した。食べ物だから、何なら食べてから帰りなよ」
「生ものなのか?」
「違うけど、乱菊さんに見つかったらバレるだろ? せっかくなんだから、いいカッコしときなって」
夏梨はさっぱりした口調でそう言うが、日番谷としてはどうにも一方的に貰っているばかりな気がして、すっきりしない。
膝に乗せられた箱を持ち上げて眺めて、日番谷は口を開いた。
「……何か、欲しいものがあるなら買うぞ。今日の礼に」
だが、これにも夏梨は素っ気無い反応を返した。
「だめだってば。いらない」
ここまであっさり断られると、日番谷にも立場がない。眉をひそめて反論する。
「あのな、こっちの気も……」
「今日は乱菊さんのプレゼント買うための日だろ」
言葉を遮られて言われたそれに、日番谷は瞬く。夏梨は日番谷を見て、続けた。
「だったら、最初から最後までそれだけにしなよ。最初から最後まで乱菊さんのためだけって、カッコつけときな。……そのほうが、きっと嬉しくて、特別なプレゼントになるから」
と、そこまで真顔で言っておいて、ふと夏梨は我に返ったらしい。半ばぽかんとしたような日番谷の表情に、唐突な叫びをあげてばっと立ち上がった。
「なっ何言ってんだあたし……そっ、そういうことで! じゃあ、あたし帰るから!!」
言うなり、夏梨は荷物を一気に持ち上げて、脱兎のごとくで駆け出した。元々足は速かったような記憶があるが、今回はそれに輪をかけて速くなっていた気がする。
結局何も言えないまま夏梨を見送った日番谷だったが、すっかりその姿が見えなくなってから、口元の端に小さな笑みを浮かべた。
そして、手にあった箱の包みを解く。中にあったのは、菓子の詰め合わせだった。シンプルだが、丁寧な装飾が可愛らしい。やたら男勝りなくせに、こういうところも、さっきの言動も、さすが女の感性だとしか言えない。
菓子を口に運びながら、日番谷は片手で伝令神機を取り出して、時間を確認した。
夕方四時半。
帰ったらきっと、乱菊が不満そうな顔でいるに違いない。
***
「遅いお帰りですね?」
「……やっぱりな」
夕方五時前。隊舎の執務室に帰ってきた己の上司を、乱菊は不満たっぷりの声で迎えた。
ソファに乱菊の姿を見つけた日番谷は、それを予想していたのかいつもの調子で呟いて、乱菊を見る。構わず、乱菊はすたすたと歩いてくる日番谷に言葉を続けた。
「『そんな暇ない』んじゃなかったんですか。……って、あ! 隊長、現世行ってたんですか!? ずるい、あたしだって行きたかったのに……」
日番谷の手にある現世の店の袋に気づいて、乱菊はいっそう非難めいた声色を強くする。ついでに口を尖らせれば、日番谷は呆れた口調でばっさり返した。
「自分の仕事も終わってねえ奴が何言ってんだ」
それを言われれば何も言えない乱菊である。実は今日の分も全部終わっていなかったりするのが現状だ。
だが、遊びには行っていまいと思っていた予想に反して、日番谷が現世に行っていたことは意外だった。しかもちゃっかり何か手に入れてきている。
不満は残るものの、これは乱菊の有利な持ち札が増えたとも言えた。
疲れたように息をつき、もう一つあるソファに座った日番谷を、乱菊は含みのある笑みで見る。
「……そんな余裕のある隊長なら、明日の一時間や二時間くらい、暇を作っても大丈夫ですよね」
「明日の仕事量は未知数だ」
「というわけで明日はきっちり付き合ってもらいますよ。あたし今日、色々頑張ったんですから」
「人の話を……というか、その割には今日の分が全然終わってないように見えるんだが」
相変わらず机の上に積まれた書類を見やった日番谷が言うのに、乱菊は堂々と返した。
「そりゃあ、明日の場所取りとか告知とかその他諸々してましたもん」
日番谷はそれに、呆れた風情でため息をついた。
乱菊は、どうせ「何やってんだ」と小言が来るだろうと予想していたのだが、日番谷はそれを裏切る言葉を、ため息のあとに続けた。
「……てめえはまたそうやって、人のことばっか構いやがって」
そして、傍らに置いていた現世の買い物袋を、どんと机の上に置く。更にそれを、乱菊のほうに押しやった。
「少しくらい、自分のことも構え」
「え……」
目の前に押しやられたその袋と日番谷の顔を見比べて、乱菊は思わずきょとんとした。
「……何ですか、これ?」
「土産だ」
「わざわざ、何で」
いつもなら、無駄な買い物ばかりするなと窘められるのは乱菊のほうだ。そもそも日番谷は土産など買ってくるタイプではない。
あまりにしげしげと見すぎたのが悪かったのか、日番谷は眉間の皺を深くした。
「いらねえなら捨てる」
「わっ、待ってくださいよ、いりますって!」
うっかりすると取り下げて、速攻ごみ箱行きになりそうだったその袋を、乱菊は慌てて持ち上げる。小柄な重みのある袋から取り出すと、両手サイズの綺麗にラッピングされた箱があった。
「……開けて、いいですか?」
訊くと、日番谷はぶっきらぼうに「好きにしろ」と返す。
ラッピングを丁寧に剥がして、箱を開ける。その中から出てきたのは、白を基調とした綺麗なガラス細工の置き物だった。
「綺麗……」
思わず呟いて見つめていると、側面に小さなゼンマイのようなものがついているのに気づく。ふと思い立って回して見ると、清らかな音色が鳴り、手の中にあるガラス細工は回り出した。
「オルゴールだ」
簡潔な日番谷の説明に、乱菊はその置き物を机の上に置いてみる。すると先ほどよりも音が澄んで響き出し、ゆったりとガラス細工は回る。
小柄で可愛らしいそれを見ながら、乱菊は思わず頬を緩めた。先ほどまで感じていた多少の不満など軽く吹き飛ぶ。
「もしかしてこれ、わざわざあたしのために選んでくれたんですか?」
すると日番谷は居心地が悪そうにふいと視線を逸らす。その姿がやけにおかしくて、乱菊はくすくすと笑った。
「だって、この曲。いつだったか、あたしが好きだって言った曲ですよね」
覚えててくれたんですね、と嬉しそうに笑えば、日番谷はむっつりと黙り込む。図星だ、というのはこれまでの付き合いでよくわかった。
「ありがとうございます、隊長」
純粋に嬉しくて、乱菊はオルゴールを見つめながら笑う。
嬉しい。だが、その分いくつかの疑問も膨らんだ。
「ね、隊長。もしかしなくても、これ買うために現世行ったんですか?」
それは、日番谷の荷物から推測したことだ。他に何も持っていないし、現世の任務も来ていなかった。さらに日番谷の返答は「別に」で、これまた図星なのが見える。
「こんなの置いてあるの、女向けのお店でしょうに。……ていうか、隊長がこんな気のきいたもの選べるなんて意外です」
日番谷は真面目だ。だがそれゆえにろくに遊ばない。むしろそれが気性だとも言えるが、だからこそこういうものを選ぶ機会はそうないはずだ。これを思いつけたのが、そこそこ意外だった。
日番谷が微妙な顔をするから、乱菊はふと思いついて付け足す。
「あ、もしかして店員さんとかにアドバイス貰いました?」
日番谷の容姿は目立つ。店員が声をかけてきても不思議ではない。すると案の定、日番谷は若干気まずげに「そんなとこだ」と返した。日番谷としては、助言を受けたことはあまり言いたくなかったのだろう。
「気にいったか」
「はい、すごく。……でも、何でですか? クリスマスにしては早いですよ」
日番谷は土産と言ったが、そうそう土産など買うたちでないのはよく知っている。再度問うたそれに、日番谷は観念したようにぼそりと返答した。
「……お前の誕生日プレゼントだ」
「え」
思わず、動きを止める。
彼は今、誕生日プレゼントと言ったか。
「……あの、誕生日近いのは、隊長のほうですけど」
「人の誕生日騒ぐ前に、自分の騒げ」
何にもやってなかったろ。
低く付け足されたそれに、乱菊は不覚にも頬が上気しそうになる。慌てて日番谷から視線を逸らしてオルゴールに向けた。
つまり、こういうことだろうか。
日番谷の誕生日だ何だと騒ぐ乱菊を見て、日番谷はそういえば乱菊の誕生日にほとんど何もやっていないことを思い出して――わざわざ、買いにいってくれた、と。
「松本」
「は、はい」
呼ばれてぱっと顔を上げる。すると正面に座った日番谷が、珍しく口元を微笑ませているのがわかった。
そして、その容姿には似つかわしくない、いっそ艶やかなまでの声音で、言うのだ。
「おめでとう」
時期は違う。誕生日を祝うには、遅いにもほどがある。けれどそれは悔しいほどに、嬉しかった。
乱菊は、わざと不満そうな口調を作って、けれど笑って言ってやる。
「……ちょっと、かっこ良すぎじゃないですか?」
しかし日番谷はそれに揺らいだ様子もなく、余裕の笑みで返す。
それだけで何か良いことがあったような、してやられたような気分になるから、少し悔しい。
だから乱菊は、オルゴールを指で撫でながら、決意表明を口にした。
「明日は絶対、最高の誕生日にしてやりますからね」
唐突に思い立って書きたくなった、初の日乱でした。……にしては夏梨の割合が結構高いのは、ご愛嬌ということで。
日番谷誕生日話として先にUPした「WhiteBirthday」のほうが実はこれより後に書いたのですが、時期設定とかがだいたい同じなのはそのせいです。にしてもなんだかニセモノ率がいつもより高い気がしてならないorzすみません、精進します……。
2009Xmas〜年末年始10日連続更新四日目。
[2009.12.28 初出 高宮圭]