Dear

02

 街灯につるされたリース、広場の中央にそびえる木をこれでもかというほどデコレーションし、クリスマスツリーとしたそれ、町の至るところに設置された電飾。
 目の前には、クリスマスムード一色の町の景色が広がっていた。
 まだ昼間なため、ライトアップはされていないが、おそらく夜になれば、うるさいほどの光が溢れるのだろう。
 日番谷は、そんな浮かれた現世の風景に若干げんなりしつつ、これからの行動を決めあぐねていた。
(現世に来たはいいが)
 来て、それで。後のことは、実のところほとんど考えていなかった。
 必要かと思われて、義骸には入ってみたものの、これからの目的にどう行動すれば最適なのか、現世の遊行に慣れていない日番谷には判断がつかない。
 これが乱菊などならばお手の物だろうが、彼女を呼んでは元も子もないのだ。
 休日とあってか、町には人通りが多い。その中でも日番谷の容姿は目立つのか、やたらと視線を感じた。じろじろと不躾な視線を投げてくる人ごみに嫌気が差して、場所を変えようと歩き出して間もなく。
 人ごみに呑まれながら歩いていると、ふと通り過ぎる人ごみの中の一人と目が合った。きょとんとしたその黒目に釣られるように、日番谷もきょとんとする。
 目が合う。つまり、相手と日番谷の目線の高さはほぼ同じだった。否、多少日番谷のほうが高い。
 そしてその顔には、見覚えがある。
「お前……」
「何してんの、あんた」
 ほぼ同時に口を開いたのは、黒崎一護の妹であり、日番谷がサッカーの助っ人をしたこともある、黒崎夏梨だった。
 だが、そのまま話を続行することは流れる人ごみが許さない。どちらからともなく、二人はひとまず人ごみから離脱した。
 人通りの少ない場所まで日番谷が出たところで、同じく出てきた夏梨が歩み寄ってくる。
「何かどっかで見た顔だと思ったら、こんなとこで死神見るなんて思わなかった」
 驚いた、というよりはどこか面白がるような口調で、夏梨が言う。
 日番谷の記憶にある一護の妹は、小学生のときの印象で止まっていたが、今見る彼女は記憶よりもぐんと成長していた。
 人間の成長は早い。そんなことに思いをはせ駆けて、そんな場合ではないと引き戻す。
 見ると、彼女の肩には小柄なショルダーバッグがかけてあった。それと場所を総合して、日番谷は訊ねる。
「買い物か」
「まあね。友達がクリスマスだ何だって盛り上がってて、プレゼント交換とか言い出したからさ。売り切れる前に安いの買っとこうと思って」
 夏梨は日番谷を見ると、首を傾げた。
「あんたは? クリスマスプレゼント探し?」
「ちが……」
 違う、と言いかけて、あながち否定もしきれないことに気づいて言葉を止める。そして改めて夏梨を見た。
 現世の人間。女。どうせ正体は知れているから、気兼ねしなくてもいい。
 ――これはもしかしなくとも、ちょうどいい助っ人かもしれない。
 表情には出さずに逡巡して、日番谷は言った。
「……お前、暇か?」


***


「隊長がいない?」
「はい。いませんでしたよ、さっき執務室に書類届けに行ったんですけど……」
 雛森はそう言って、ひょいと一枚の紙を乱菊に渡す。
「この書置きがありました」
 渡された紙には、達筆で簡潔に一文が書かれていた。
 ――『所用、出かける。 日番谷』
 彼らしいと言えばそこまでだが、愛想もなにもない書置きである。
 乱菊はその書置きを片手に、不満げに頬を膨らませた。
「暇がないとか何とか言ったくせに、勝手に行方不明ってどういうこと?」
「でも、一応書置きが……」
「どこそこに行くってなけりゃ、意味ないのよ。そこんとこわかってないんだから」
 そうぶつぶつ言う乱菊だが、日番谷はやるべきことはやって行っているので、問題はないと言えば、問題はない。
 雛森は苦笑しながら、乱菊を宥めた。
「日番谷くんのことだから、きっとすぐに戻ってきますよ」
 たぶん、遊びに行ったわけじゃないだろう、と雛森が言うのは、乱菊も思う。だが、理解と感情は比例しない。どこかに行く時間があるなら、少しだけでも誕生日を祝わせてくれればいいものを。
「……こうなったら意地でも明日祝ってやるわ」
 ぼそっと呟いて、乱菊は渋々自分の仕事の続きにかかった。


***


「マニキュア、口紅、香水。アクセサリーとかで行くなら、ノーマルにブレスレッドとか、ネックレスとかは? あと、服もありだね」
「……服はいまいち好みがわかんねえ」
「ま、気に入られなかったらアウトだから、自信ないならやめといたほうがいいかもね。となると香水と口紅もアレかなあ。アクセサリーとかならまあ幅広いから無難だとは思うけど……」
 さてどうするか、とすたすた前を歩きながら一人ごちる夏梨について行きながら、日番谷は周りのきらめかしさに早くも辟易しつつあった。
 今日番谷がいるのは、大手の百貨店だ。もともと夏梨が行くつもりだったそこに連れてこられた形だが、そこらじゅうにものが溢れていて、この中からならば一つくらい希望するものが見つけられるかもしれないとは思う。
「……というか、さっきから疑問だったんだが、お前のその商品の絞込みはどういう条件でやってるんだ」
 少し人の少ない通路に出て、隣に並んだ日番谷が心底訝しげに訊くと、夏梨はあっさり答えた。
「だって、プレゼントあげるの、乱菊さんなんでしょ?」
「は」
 思わず日番谷は足を止める。――日番谷が夏梨に頼んだのは、『知人のプレゼントを選びたいが現世に詳しくないのでついでに手伝ってくれ』といった内容だ。一切誰それに、と固有名詞を出した覚えはない。
 少し先に行って止まった夏梨は、日番谷を振り向いてごく当たり前のように続けた。
「どうせ、クリスマスプレゼントは何が欲しいとか、乱菊さんに聞かれて、そういえば自分は今までまともにあげたことないとか今更思って買いに来た……ってとこじゃないの?」
「……」
 日番谷は思わず、どうして、と呟きそうになるのを飲み込む。多少の差異はあるが、だいたいは合っていたのに驚きを隠せなかった。本当は誕生日プレゼントの話をされて思い至ったのだが、時期的にクリスマスプレゼントと思っても仕方ないだろう。おそらく夏梨は日番谷の誕生日など覚えていないだろうし。
 その日番谷の表情を図星と見たのだろう、夏梨は悪戯っぽく笑った。
「安心しなよ、乱菊さんの買い物には何回か付き合ったことあるから、そこそこまでは絞り込めるぜ」
 言って、夏梨はまたすたすたと歩き出す。
 日番谷はその後姿を見ながら、がしがしと頭を掻いた。――いとも簡単に読まれてしまうなんて、何となく釈然としない。
 だが、実際助かりはする。乱菊とは何かとよく一緒にいるが、そのほとんどが仕事中だ。買い物に付き合ったことなど、ほとんどないと言っていい。現世など、特にだ。
 ため息になりきらない軽い息をついて、日番谷は人波に見失う前に、夏梨の隣に追いつく。
 そして、低くぼそりと呟いた。
「……そのうち、借りは返す」
 だが、それを聞いた夏梨は、日番谷のほうも向かずに、あっさりした口調でさらりと返した。

「いらないよ。ダチ同士で貸し借りなんて、そんなのないだろ」

2009Xmas〜年末年始10日連続更新三日目。
[2009.12.27 初出 高宮圭]