G的敵事変

02

 結果として、無事殺虫剤は見つかった。だが、問題がひとつあった。
「……これ、一晩焚いとくタイプなんだよね」
「……つまり、それ使うと俺は部屋から閉め出しってことか」
 そういうことだ。既に時間は深夜。他の隊舎など行けるわけがないし、行きたくない。
 だが、アレを放置した部屋で寝たくもない。絶対に。
 注意書きを読みながら考え込んだ日番谷を見ながら、夏梨はぼそりと呟く。
「……でもアレって確か、一匹いたら他にも――」
「言うな」
 ぴしゃりと遮られて、夏梨はため息でそれに従う。
 そう、そのまことしやかな言い伝えの不安を払拭するためにも、使ってしまいたい、のだが。
「じゃあもう、冬獅郎この部屋泊まっていきなよ」
「……それを言うと思ったから嫌だったんだ」
 日番谷が深々とため息をつく。
 夏梨はそれを呆れた表情で見返した。
「じゃあ何。この寒いのにそんな薄着で布団もなく寝るわけ? それとも事情説明してどっかの隊舎行く?」
「お前以外に広めたくねえから来たんだろうが」
「じゃああきらめなよ」
 言って、夏梨は上着に羽織った死覇装を掻き合わせ直しながら、「だいたい」と続ける。
「今更じゃん。……いつもはあたしがそっち泊まってるだけで」
 そして自分で言ったくせに真っ赤になって俯き、沈黙した。
 日番谷はその夏梨の様子に思わず小さく笑う。それに目ざとく気づいた夏梨が赤いままの顔できっと日番谷を見るが、怖くもなんともない。むしろ正反対の感情を覚えるのは、欲目だろうか。
「何笑ってんだよ!」
「別に。……ま、それもそうだな。むしろこのほうが正しいだろ」
 言いながら手のひらで殺虫剤を玩びつつ座っていた座布団から立ち上がる。
 そして日番谷は『正しい』という言葉に訝しげな顔をした夏梨を長し見ながら、部屋を出るために歩き出した。殺虫剤を置きに行くのである。
 本当はアレがいる部屋などに近づきたくはないが、それでここに戻ることができると思えば安いと思えるというのも現金な話だ。
「正しいって、あたしがそっちに行くのは正しくないってこと?」
 若干小さな声で問うた夏梨に、日番谷は少しだけ目を細めた。そして部屋を出る直前で、首だけで振り返って答えてやる。
「普通、朝帰りってのは男がするもんだ」

 ――瞬間、枕が日番谷の頭目がけて投げられたが、結局当たらずに、「寝る準備しとけよ」という声で倍返しにされたような形になった。


***


 目が覚めたら朝だった。
「……は、」
 朝。寝たのは夜。だから、その時間の経過は正しい。けれども。
 夏梨はがばっと体を起こして、――否、起こそうとして、できなかった。何しろしっかりと回された腕が、全ての動きを束縛してしまっていたのだ。
「ちょっ……おい、冬獅郎ってば! 起きて、起きろっ!!」
「……何だよ」
 何とか体を捕らえている腕を動かして、隣で眠っていた日番谷を起こす。こいつがここまで熟睡するなんて珍しい、と頭の片隅で思いつつも、今はそれどころではない。
「朝だよ、朝っ! 時計見て!」
「……あ?」
 何とか日番谷から睡魔を引き剥がそうとぺちぺちと頬を叩いて見たりして、ようやく日番谷が動く。そして寝ぼけた動作で壁にある時計を見て――覚醒した。
「八時十分……」
 信じられないというような口調で読み上げられた時間に、夏梨もようやく解かれた腕から抜け出して、勢い良く起き上がる。
「はあっ!? どんだけ寝坊……っ! て、ていうか今日協会の集会!」
「隊首会が……っ」
 それぞれ声を上げて、そして顔を見合わせ、眠りの余韻も何もなく速攻で行動を開始した。
 ただ無言で黙々と自分の支度を整えて、ひたすら時計と睨み合う。
 幸い洗面台は備え付けてあるからとりあえず様は整えられた。
 何とかなるか、と二人して再び無言で顔を見合わせたときだ。――コンコン、と部屋の戸を叩く音がした。
「かりーん、起きてるー? 朝よー」
 乱菊さん、と夏梨は声にせず息を詰める。何でよりにもよって今日このときに来るのか。ああ、そういえば集会があった。でも普段ならわざわざ起こしにまで行かないはずなのに。
 そんな取りとめのないことを一瞬で考えていると、ぐいと後ろから腕を引かれた。
「とっ……」
 振り返って咄嗟に名前を呼びそうになって引っ込める。日番谷は無言で視線を戸と反対側にある窓に投げた。
 それが意味するところを理解して夏梨は瞠目する。
(窓から出る気かよ?)
(それしかねえだろ)
 というような感じの視線を交わし合って、日番谷はすぐさまそれを行動に移す。夏梨は慌てて踵を返した日番谷を追った。
 そして外を確認して窓を開け、鬼道を巡らせかけた日番谷の袖を引く。
 振り返ったその耳元で、小さな声を届けた。
「いってらっしゃい」
 日番谷はそれにわずかに瞠目して、ふと笑う。そしてすいと耳元に顔を寄せると、まるで睦言でも紡ぐかのように同じく小さな声で返した。
「いってきます」


 バタン!と部屋の中から大きな音がして、乱菊と清音はきょとんとした。
「夏梨? 入るわよー」
 一応声をかけてから、乱菊は先行して戸を開ける。
 すると視界に入ってきたのは、閉められた窓の下でへたっと座りこんだ夏梨の姿だった。何とか身支度は整えているが、相当いい加減な出来だ。
「ありゃ。思いっきり寝起きで、どしたの?」
 清音が訊ねた隙にその姿を乱菊がカメラに納めていたのに、夏梨は気づかない。何やら赤い顔で若干顔を引きつらせながら、何とも情けない様で答えた。

「……おしなべてゴキのせいで、大変だったんです……」

いつだったか、一部をMEMOで公開したことがある、書きかけで放置されてどうしようもなくなっていたものです(←)。続きが見たいと言うお声も頂いていましたし、ほとんど無理やり書いて見ました。
本来日夏が言い合ってるだけだったんですが、せっかく連続更新もラストデイなので甘くしてみま……し……、な、なったんだろうか、甘く……orzすみません……。ついでに余談ですが、これは実体験がもとになってます(←)と言っても実際にあったのはゴキが出たあたりだけなんですけど。その衝撃で書き出したものだったり。きっかけはゴキ……なんか、微妙な気分……!!
2009Xmas〜年末年始10日連続更新十日目その2。
[2010.01.03 初出 高宮圭]