1万hit御礼リクエスト企画

※捏造設定多数です。了承の上でどうぞ。
<浮竹家は貴族/日番谷養子で貴族/夏梨(黒崎家)死神/日夏は外見17くらいに成長済み>




Pierrot March<前編>

 話がある、と日番谷が義父に呼ばれたのは、ある冬の日だった。
 赴いた義父の部屋で彼は深刻そうな顔をして、日番谷に前に座るように促した。
「……どうしたんだ?」
 座るように言ってからこちら、何も言わなくなった義父に訝しげな声をかけると、義父はやっと俯かせていた顔を上げる。
「……冬獅郎、できるなら、何も言わずに聞いてくれ。うちは貴族とは言え、そう高位じゃない。これは俺が君を養子にするときにも言ったことだが、うちの立場は、貴族の中でも弱いと言っていい」
 義父の顔色は、いつにも増して悪く見えた。元より病弱なきらいがある彼は、子供が望めそうにないと判断して、数年前に日番谷を養子に迎えた。
 現在十番隊の隊長である日番谷だが、元は流魂街の出身だ。当初は養子の話を断っていたのだが、結局了承した。義父の体のことや、貴族とは言えほとんどその地位は薄いということ、それゆえの自由と、結婚するまでは家名を負わなくていいということを受けての決断だった。何より義父は、父として悪くないと思えたことが最大であるけれども。
 既に了承したことの確認に、日番谷は頷く。
「知ってる。いざとなれば従わざるを得ないことも、わかった上で俺はここにいる。――何か、あったのか」
「……ああ」
 義父は申し訳なさそうに、視線を落とした。
「実は、君と朽木家の娘との婚約話が持ち上がっている」
「朽木家?」
 思わず聞き返す。朽木家と言えば、四大貴族の一つだ。それが何だって日番谷との婚約話が持ち上がるのか。
「朽木家の娘って……朽木ルキアのことだろう?」
「そうだ。白哉がそれはもう大切にしている義妹で、俺の部下でもある」
「それが、どうして……」
「あちらからの申し入れなんだ。何か急いているみたいでもあったが、冬獅郎ならいいらしい」
「わけわかんねえぞ」
「俺もわからないんだが……」
 困り切った様子で、義父は腕を組んだ。
「何にせよ、朽木家からの申し入れなら、こちらに断ることはまずできない。……そう遠くないうちに、冬獅郎、君には家名を――浮竹の名を負ってもらうことになると思う」
 義父は――浮竹家現当主、浮竹十四郎は、すまないと頭を下げた。
「自由だと言った約束を、一つ破ってしまうことになる」
「……顔を上げてくれ、義父さん」
 日番谷は一つ息をついて、そう言った。
 義理とは言え、父と呼べる存在ができたことは、嬉しかったのだ。臆面なく家族と呼べる存在がこんなにも心強いと知れたのは、浮竹のおかげだ。
 子供の容姿ながらに隊長としてあった日番谷に侮りを含まずに、子供でいいじゃないかと笑い、容姿が成長した今も、いつまで経っても親にとって子供は子供だと言ってくれる。
 流魂街を出て死神となってから早々に子供であることをやめた日番谷にとって、それはくすぐったくも心地よい居場所だった。
「言ったろ、養子になるときに、全部わかって来た。……そうなっちまったもんは、仕方ない」
「だが冬獅郎、君にはあの子が――」
 言いかけて、浮竹は言葉を途中で止めた。日番谷の表情が、酷く苦いものになったのが見えたからだ。
「……すまない、俺が言えた義理じゃないな」
「――あいつには、俺から説明する」
 固い表情で日番谷がそう言うのを、しかし浮竹は制した。
「いや、俺がするべきだろう。正式ではないとは言え、一度婚約を認めた相手だ。こちらの都合でそれを破棄するのに、一言謝らなくては気が済まない」
「……なら、俺から言った後に連れて来る。それでいいか?」
「わかった」
 浮竹は頷き、そして苦笑して、おもむろに日番谷の頭に手を伸ばした。そしてそのまま撫でる。
「大きくなったなあ、冬獅郎」
「……何だ、いきなり」
 むすりとしながらも、日番谷はその手を払わない。浮竹は穏やかに笑った。
「君があの子を連れてきたときにも思ったんだ。……こんなことなら、早くあの子を貰ってしまうべきだったな」
「……それは、なんだかんだと言い出せなかった俺のせいだろ。俺にあいつがいるのを知ってるのは、義父さんだけだ」
「……本当に、すまない。彼女を泣かせることになる」
 浮竹は一通り撫でると、静かに手を下ろして視線を下げた。
 だが日番谷は、それに「いや」と呟く。そして脳裏に、強い黒い瞳を持った彼女の姿を思い浮かべた。
「あいつは、泣かねえよ」


***


「あっ日番谷隊長! 婚約ってホントですか!?」
「は」
 隊舎の執務室に入るや、副官である乱菊に真っ先にそう言われて、日番谷は面食らう。
「どこでその話を……」
 当の日番谷とて、つい先程浮竹に話を聞いたばかりだ。だと言うのに何故乱菊が知っているのか不思議でならない。
 思わずぽかんとした日番谷に、乱菊は更に詰め寄った。
「やっぱり本当なんですか? もう朝からその話で持ち切りですよ、隊長と朽木の婚約決定だって」
「だから待て、どこから聞いたその話」
「やちるです。朽木隊長の家に遊びに行ったら朽木隊長とルキアがその話してたって」
 そういえば、やちるはしょっちゅう朽木邸に出没すると白哉に聞いたことがある。あれで仮にも副隊長だ。そこそこ信頼される情報源である。
「……まさか、もう広まってるとか言うんじゃないだろうな」
 軽く頭痛を覚えながら日番谷が問うと、乱菊はあっさり頷いた。
「ばっちり広まってますよ」
 頭痛が軽いどころではなくなったそのとき、執務室の戸の向こうから、隊員の入室許可を求める声がした。
 その声に、日番谷は乱菊には気づかれない程度にぴくりと反応する。
「入れ」
「失礼します」
 短く許可すれば、戸が開いてその人物が部屋に入って来た。
 肩口まである黒髪に、はっきりした黒目。見た目の歳で言えば十六、七辺りで日番谷と似たり寄ったりの少女が書類を抱えて前に進む。
 そして机の上にそれを置くと、一息ついて日番谷を見た。
「これ、隊長が十二番隊に頼んでた資料です。さっきネムさんから貰いました」
「ああ、すまない」
「ねえ、それより夏梨! あんた聞いた? あの話ホントみたいよ」
 日番谷が返事を返したところで、ずいっと乱菊が話に割り込んだ。日番谷が止める暇もない。
 十番隊の隊員である少女夏梨は、きょとんと首を傾げる。
「あの話?」
「おい、松も……」
「そう、日番谷隊長とルキアが婚約するって噂!」
「え……」
 ぽかんとした風情で、夏梨は日番谷を見た。
 日番谷は思わず小さく舌打ちする。
「松本! 確定してねえことを言い触らすな!」
「でも、ほとんど確定と一緒じゃないですか。朽木家からの申し入れだって言うし」
 だからどうしてそんなに話の回りが早いのか、いっそ呆れそうになる。
「へえ、そうなんだ」
 日番谷が頭を押さえたところで、夏梨が意外そうにそう言った。日番谷に向かって、明るく笑って見せる。
「玉の輿じゃん。……あれ、この場合逆玉? ま、いいや。お似合いなんじゃない? 知り合いだし」
「そうよねえ、どっちも氷雪系だし、お似合いと言えばそうかもね。……そういえば夏梨、あんた氷輪丸にも袖白雪にも気に入られてたわよね。それに隊長と同期だし……複雑?」
「まあ……ていうか、乱菊さん何で気に入られてるとか知ってるの?」
「ほら、だいぶ前の斬魄刀反乱のときに……」
 そのまま乱菊と夏梨は何でもない様子でわいわいと話を続ける。
 日番谷はその様子を横目で見ながら、浅く息をついた。
「おい、松本。お前、言い渡した仕事はどうした」
「え」
 楽しげな会話を遮って訊けば、乱菊はぎくりとした様子で「えへっ」と笑ってみせる。それを冷えた視線で流して、日番谷は「やってこい」と言い放つ。
「だって今まで一切色恋沙汰なかった隊長がそんな噂持ってくるからダメなんですよ」
「勝手な責任転嫁してんじゃねえ、さっさと行け!」
 低く怒鳴れば、乱菊は慌てて逃げるように執務室を出て行った。
 それをため息で見送っていると、後ろから「乱菊さんらしいなあ」と笑う声がする。振り向けば夏梨がいつもと変わらぬ様子でそこにいた。
「仕方ないじゃないですか、隊長のスキャンダル……っていうか、大事なんですし」
「……その割に、お前は驚かねえのか」
「驚きましたって。何てったって朽木家だし」
「そうじゃない」
「だって」
 明るい表情をふと沈めて、夏梨は困ったように苦笑を浮かべた。
「……どうしようもないことくらい、言われなくてもわかってる」
 口調を敬語から普通に戻して、夏梨はそばにあったソファに座る。夏梨を受け止めて、ソファはぎしりと軋んだ。
 そして夏梨はほうと息をついて、日番谷をまっすぐ見る。
「さっきの話だけでだいたいわかったけど、……ちゃんと話してくれる?」
「……ああ」
 難しい表情のまま頷いて、日番谷は夏梨の隣に座った。

 日番谷と夏梨は、霊術院以来の仲だ。同期で似た年頃、気性が合ったこともあり、親しくしているうち、関係は少しずつ変わって行った。
 それは日番谷が隊長になり、夏梨が部下になり、その後日番谷が浮竹の養子となってからも変わらず続き、今では浮竹も認める、密やかながらも実質的な婚約者となっている。
 日番谷に色恋沙汰の噂が立たないのは知られていないがそれゆえにあり、知られていないのは別段隠していたわけでもないが、公言することでもないと何となく隠すような形になっただけだ。
 ――だがそれが、今回の事態を招いたとも言える。

「……なるほど、ね。浮竹さんも律儀な人だなあ。じゃあ今晩にでも行こうか?」
 話を聞き終わっての夏梨の一言目はそれだった。
 だが、日番谷も驚くことはなかった。おそらく彼女なら、そう言うだろうと思っていたのだ。
 けれどそれは別に、それだけの関係だったからではない。
「予想通りの反応、するんじゃねえよ」
 むしろ日番谷が不機嫌そうに呟けば、夏梨はむっとしたようにじと目で日番谷を見る。
「何怒ってんだよ。予想してたんだろ。……だってもう、あたしにはそれしかできないし」
 あらぬ方向に視線を投げて、夏梨は続けた。
「長年の付き合いだもん、あんたがどうするかくらい、わかるよ。……冬獅郎もわかってんだろ、あたしはそういうのに無理して逆らうことはしない。冬獅郎だってそうだ。仮にあたしがそういうことになったとしても、いっそ愛情疑うくらいあっさり身を引くだろ」
「……否定は、しない」
「そりゃ、冬獅郎がどうしても嫌だって言うなら、協力するよ。でも今回はそうじゃない」
 ならさ、と夏梨は息を吐き出した。そしてそのまま、ソファから立ち上がると、日番谷を振り向く。
「あたしがあんたにしてあげれることって、一つしかないよ」
 真顔でそう言うと、音のない動作でソファに座っている日番谷に身を寄せた。
 さらりと夏梨の髪が、日番谷の頬に触れる。日番谷より一回り小さな手が手に触れて、同時に唇が唇に触れた。
 軽い口付けのあと、夏梨は静かに身を起こす。離れた重みに、ソファが軋んだ。
 そしてそれきり、夏梨は日番谷に背を向ける。
「夜に、家行くから」
「……夏梨」
「そんな声で呼ぶなよ、泣かないから」
 足早に、夏梨は執務室の戸口のほうへ歩み寄った。そして戸口の一歩手前で、一度止まる。
「……でも、ごめん。さすがにちょっと、今は笑えないみたいだ」
 少し掠れた声が言い残し、日番谷がソファから立ち上がるときには、夏梨は逃げるように部屋を後にしていた。
 閉められた戸を見つめて、日番谷は口の中だけで夏梨の名前を呼ぶ。
 それを掻き消すように、遅れて跳ね上がったソファのスプリングが、悲鳴のような音を立てた。

[2009.10.05 誤字修正 高宮圭]