「月牙天衝!」
空間を薙ぎ払って、月牙が空を駆ける。目測誤らず、牙は先にいた大虚を切り裂いた。だが加減して放たれたそれは、かろうじて致命傷には至らない。
追い詰められた大虚は身を反らすと、虚閃の構えを取った。
一護は反射的に、とどめをさすために刀を振り上げる。
「殺すな、黒崎!」
不意に耳に飛び込んだ鋭い声に、一護は反射と思考の狭間で一瞬身を硬直させた。その隙に、大虚が虚閃を放つ。それを間一髪で避けた一護だったが、避けた先にアジューカスがいた。
「――っくそ!」
毒づいて、刀を振り払おうとしたところで、アジューカスは氷の龍に横ざまに突き飛ばされる。続けて氷漬けにされ、動きを奪われた。
「追い払うだけだと言っただろ」
「……すいません」
刀を納めながら日番谷が歩んで来るのに、一護はばつが悪そうに謝る。
「戦いづらいとは思うが、倒してしまえば敵の思うつぼだ。……とりあえず、どうやらこれで全て追い返したらしいな」
ばきばきと音を立てて氷を引きはがし、空の裂け目にどうにか逃げ込んで行く大虚を見やり、各所での戦闘が治まったことを確認して、日番谷は踵を返した。
「戻るぞ」
――三日前のことだ。日番谷が来てすぐ、まず行われたのは情報の交換だった。
尸魂界のほうで調べられたものと浦原のそれを照らし合わせながら、話は進んだ。ほとんど両者に相違はなかったが、お互いに知らない情報もあった。
「増幅の能力ッスか」
「ああ。この源の霊力には力を増幅させる能力があるようだ。それによって敵は飛躍的に進化する。そしてこの霊力を子分に分け与えることで子分も力を増し、親玉は子分が倒されるごとその力を吸収して、さらに進化する」
「だから、子分のレベルが少しずつ上がってたわけですね」
少々の驚きはあったものの、乱菊を始めとする面々は納得したように頷き、浦原も「やっぱりそうッスか」と息を吐いた。
「こっちは子分吸収の結論に、ついさっき辿り着いたとこッス。源泉の力に増幅の能力があるなんてことはわかってませんでしたし……」
「けど、じゃあ子分は倒さないほうがいいってことなのかよ? あの破面は倒しても子分を媒体に再生するんだから、それじゃキリがねえじゃねえか」
「破面?」
一護の言葉に、日番谷は眉をひそめた。
「まさか、破面が出たと言うのか?」
「はい。言い損ねてましたけど……どうやら、進化して破面化したみたいで」
乱菊が言い、そのまま、現れた破面の説明に入った。
聞き終えて、日番谷はさらに眉を寄せる。そして持って来た資料の中から一枚を取り出すと、「見ろ」と中央に置いた。
「なんスか、それ」
「敵の霊圧変化調査結果だ」
恋次の問いに、日番谷は端的に答える。紙面にはグラフが示してあった。
「涅隊長いわく、源の霊力は普通ならばこの霊力吸収に耐えられないらしい。だが実際耐えていることから見て、『耐えさせられている』と言ったほうがいいだろう。こちらで源の特定はできなかったんだが、生物ではありえないと言い切っていたな。霊的固形物か何かだろうとのことだったが……こっちでの特定はできてるのか?」
日番谷の言葉に、一同は何とも言えない沈黙を返すことになった。
その沈黙に、日番谷は訝しげな視線を浦原に投げる。
「……何だ?」
視線を受けた浦原は、懐に入れていたらしい扇子を取り出すと、ぱかりと開いて苦笑して見せた。
「いやあ……そこまで言い切られてしまうと、何とも言いづらいんスけど……その源の霊力の持ち主は、人間でして」
日番谷は目を見開いた。
「人間、だと? 生きた?」
「ええ。紛うことなき人間ッス」
しばらく、日番谷はデータを見つめて沈黙した。そこに追い討ちをかけるように乱菊が口を開く。
「しかも、女の子なんですよ。十七歳の」
「それで四年前からずっと、幾百の虚から逃げ回っていたそうです。先程浦原が言ったように、霊圧を消す力で」
さらにルキアが補足して、日番谷はことさらに黙り込んだ。そしてようやく口を開いたかと思うと、ため息に変える。
「……信じがたいが、そこまで言うってことは、事実なんだろう。会えるか?」
「会おうと思えばすぐにでも会えるんじゃないですか。そいつ、今この店にいますから」
あっさりと答えた一角に、今度こそ日番谷は頭を抱えた。
気配には聡いほうだと自負していたのに、全く、微塵も気づかなかった。
だが、なら今すぐ、と言おうとした日番谷を制止するように、黙っていた夜一が言った。
「今は、やめてやれ」
「……なぜだ?」
「先程、力が暴発したばかりで、疲れきっておる。合わせて、おぬしが来る前、破面に襲われたのじゃ。無理をさせてやるな」
「……まあ、生きた人間だと言うなら、道理か。状態は?」
「かなり消耗しておる。おそらくもう、歩けても走れはせぬだろう。……だが今のところ、命に別状はない。次に襲われたら、終いじゃろうがの」
夜一の言葉に、日番谷だけでなく詳しい状態を聞いていなかった一護たちも驚きを隠せなかった。日番谷は眉を寄せたまま、低い声で問う。
「『あえて殺さなかった』と見るか?」
「――やはり、その結論に達するか」
夜一は金の瞳を細めて、嘆息する。
「儂らも、そう考えておる。本来敵は、一思いにあやつを食ってしまったほうが断然早い。そしてそれは戦うことのできぬ人間相手には簡単なことじゃ。じゃがそれをしていないと言うのは、あえて生き永らえさせているとしか思えぬ」
「四年前から、と言ったな。そのとき既に敵がアジューカスで知能も高かったと言うなら、目的あってのことか――もしくは、楽しむためか」
「楽しむ……?」
日番谷の言葉に、一護は思わず呟いた。
一護とて破面たちと戦った身だ。彼女がわざと生かされているだろうことには感づいていた。だが、日番谷が口にした理由は、考えてもいなかったのだ。
「襲い方がまずそう見える。無駄に子分たちに追い詰めさせてみたり、周りを攻撃してみたり。遠距離で力を吸えるのなら、直接襲う必要はないはずだし、霊圧を消せるのなら、わざわざお前たちを襲いになど来ないだろう」
言われて見ればそうだ。そう言えばあの破面は空き地に現れたとき、「遊びに来た」というようなことを言っていた。
「何より本来なら、子分虚など作る必要もないんだ」
「どういうことッスか?」
これには、浦原が反応する。日番谷は応じて数枚の資料を浦原に渡した。
それを読む浦原に、言葉を重ねる。
「子分虚は、こちらの調査では始め、親玉が霊力を吸いやすくするための道具のようなものだと思われていた。だが、違うことが判明した。……それを見れば、わかるはずだ」
それに、ちょうど紙面から顔を上げた浦原が疲れたような息を吐いた。
「なるほど……増幅の能力を引き出すため、ですか」
「何だよ、それ」
一護と問いに、浦原は「つまり」と指を1本立ててみせる。
「ナツさんの霊力には二つの力があった。一つはアタシたちも知っていた、霊圧を消すチカラ。そしてもう一つは、技術開発局が見つけた増幅のチカラです。二つ目の力について、アタシたちはついさっき知ったばかりですが、敵は最初から知っていたんでしょう。ですがこの力は、どうやら持ち主以外の力のみを増幅させるようでして」
「持ち主以外……黒田以外、ってことか?」
「もちろんそうです。けどこの場合、彼女の霊力を吸っている親玉……デセオという破面も持ち主に当てはまります。つまり破面が力を増幅させるためには、自分の他に持ち主としての役割を果たす者が必要だったんス」
「それが、子分虚……?」
確認するように呟いた一護の言葉に、日番谷が頷く。
「そうだ。子分たちに能力を与え、自分の力を増幅させる。そして自分の力によって子分たちも力を増す。それが倒されるとその力の全てを取り込み、さらに親玉は強くなる。――これは予測に過ぎないが、おそらく子分を全て倒すと、敵は完全体となるだろう」
その予測は、誰も否定できなかった。一護は黙り込み、他の者たちも思案顔で俯く。
だが沈黙が落ちきる前に、日番谷が続けた。
「本来子分虚が必要ないと言った理由がわかったか?」
少しずれていた論点を引き戻されて、一護たちは思わずきょとんとする。
今の話で行くと、子分虚は破面にとって必要なものに聞こえた。
わかっていない様子の面々に、日番谷は軽く息をつく。
「わざわざ子分を使って持ち主を作らなくとも、いるだろう。元々の源になった力を持った人間が」
「あ……」
言われて、ようやく気づく。そうだ、持ち主が別に必要と言うのなら、ナツを生かしておけばそれで事足りる。
だがそこで、一護は疑問を覚えた。
「待てよ、じゃあ何で、破面は子分虚を作ってんだ? いや……何で、黒田を生かしてんだよ?」
子分虚を作ったならば、ナツの力を全て奪って殺してしまえばいい。だが敵はそれをせず、いたぶるようにナツを生かし続けている。
「だから、『楽しんでいる』ということか……」
ルキアの呟きに、一護は瞠目して、気づく。
日番谷も、他の者たちもやりきれないような表情で黙り込んだ。
だが、その沈黙の中に埋もれるような低さの声で、夜一が口を開いた。
「……そういうことならば、今後は子分を無闇に倒さぬほうがいいじゃろう。せめて、ナツの体力が回復するまで」
閉じたふすまのその奥に視線を投げながら、続ける。
「皮肉な話じゃが、その要領で行くなら、あやつが生き永らえているのも破面が持つ増幅の力ゆえじゃろう。生かしておくことに楽しみを感じているなら、そうしても不思議はない」
そう言って、夜一が立ち上がる。それが、話し合いの終了の合図のようになった。
浦原も立ち上がり、日番谷に当分泊まる部屋を案内すると提案する。各々が各部屋に分かれかけたところで、ふと思いついて、日番谷はちょうど近くにいた弓親に声をかけた。
「そういえば、力の持ち主の名前は何だ?」
何度か呼んでいたみたいだが、と訊ねれば、弓親は「そう言えば、言ってませんでしたね」と言って、答えた。
「黒田ナツ、ですよ。無口で無愛想で引きこもりがちなんで、僕らとはほとんど喋ったことありませんけど」
――そうして情報交換は終了し、日番谷はナツが落ち着き次第面会ということになり、今日に至っている。
だが三日経った現在も、日番谷はナツとの面会を果たしていない。
日番谷たちが浦原商店に帰りつくと、今夜も子分虚の追いたてを終えて戻ってきた他の面々が義骸に収まって既に揃っていた。
日番谷と一護も義骸に入り、すっかり集合スペースとなった居間に座る。
「今日はどうだ? 浦原さん」
一護が訊ねると、浦原は心得た様子で高らかにウルルを呼ぶ。程なくぱたぱたと小さな足音がふすまの向こうを駆けて行った。ナツに体調を訊ねに行ったのだ。
この動作はここ三日のいつものことになりつつあった。
日番谷が来てからと言うもの、ナツは体調が落ち着いても、部屋からまるで出てこなくなったのだ。ウルルやジン太、ユウなどの親しい者たちは部屋に入れてもらえるが、一護たちなどは言語道断とばかりに「会いたくない」と言う。
相当嫌われてしまったらしい。
日番谷としては、持ち主の状態を見て、尸魂界に一時帰って報告するなりの対応を取ろうと思っていただけに、ため息は禁じ得ぬ状態だった。だが嫌がる相手に無理強いもできず、何よりこういった状況になったのは一護のせいだという話もあり、待ちぼうけの日々を送っている。
(それに何より……)
今回の原因である人間がいるというふすまの向こうを眺めて、日番谷は嘆息する。
この店の者たちが、その彼女に協力的なのだ。というよりは、何やらこちらに憤っているような節もちらほら見受けられる。特に一護に対してはそれが強く、ウルルなど一護の顔を見ただけで責めるような表情を残して逃げて行く。どうやらそれらは一護にも相当なダメージがあるらしく、気持ち悪いほどに一護も元気がない。
それに引きずられたようにルキアにも鬱々とした雰囲気があり、早いところどうにかしたいと言うのが本音だ。
「困りましたねぇ……」
机に片肘をついていた乱菊が、口調は軽いが、心底思っている口ぶりで呟いた。実際見たことのみならず、ルキアや一護から話を聞きだしたということで、乱菊からナツとの間に何があったかというのは日番谷も聞いた。だからこそ無理強いできず、乱菊の言葉どおり「困っている」のだ。
***
そうっとナツの部屋のふすまをウルルは、頼りない声で名前を呼んだ。ナツが応える。
部屋の中には、夜一もいた。霊圧を安定させるために、そばにずっとついているのだ。
「キスケさんが、今日は……どう、って」
「……うん」
「無理はするな。会いたくなければ、会わずともよい。……もうおぬしは、十分耐えた」
夜一が優しい声音で言いながら、ナツの長い髪をすいた。
甘やかしてもらっているのを、ナツは十分わかっている。わがままを言ったのは、むしろ自分だ。
けれど夜一に同意するように、ウルルがそばに来て手を握ってくれる。
「私たちでも、守ってみせるよ。ジン太くんも、テッサイさんも、キスケさんも、夜一さんもいる……」
「……ありがと、ウルル。ごめんな、そんな顔さして」
手を握り返して、自身のことのようにつらそうな顔をするウルルに笑ってみせる。上手く笑えていればいい、と願う。
そして、手を握ったまま立ち上がった。
「……よいのか?」
夜一が気遣わしそうに訊ねる。ナツはしっかりと頷いた。
「いつまでもこのままじゃいられないだろ。……確かに、ほんとは、会いたくないし、会うの、怖いよ」
「なら――」
「でもさ」
声を遮って、ナツは苦笑する。その笑みがとても痛々しいものになっていることに、本人は気づけない。
「会いたいのも、ほんとなんだ」
***
ナツが出てくる、とウルルが居間にいる浦原に泣きそうな表情で伝えに来たのは、ナツの部屋にウルルが向かってから十分ほど経ったあとだった。
今日もかとあきらめかけていた日番谷たちには、意外なことだったが、どうやら浦原も驚いた様子だ。
「……わかりました。彼女が決めたなら、アタシたちに止める権利はない」
「店長……っ」
「大丈夫だよ、もしだめだったなら、そのあとはちゃんと考えてる」
日番谷たちにはよくわからない会話をし、ぽすぽすとウルルの頭を撫でて宥めてから、浦原は振り返った。
「というコトで、どうやらやっと会えそうッスよ。――もう少しで、来るでしょう」
言いながら浦原はふすまを閉めた。言外に、ナツが自ら開けるまで待てということらしい。
いまさら急いてもそう変わらない。日番谷は一つ頷いて、相変わらず黙って待つことにした。
一護は妙に落ち着かなくなったが、事の顛末を聞いていれば仕方がないだろう。だが、人好きされるほうの彼にしては珍しい気がする。付き合いが浅かろうが、頑なであろうが、彼は不思議とな信頼感を抱かせる特技のようなものがあるのだ。それは、頭の固いと言われる護廷十三隊の隊長格が皆、死神代行時代から彼を信頼していることからも伺える。
がたん、とふすまが鳴ったのは日番谷がそんなことを考えていた最中だった。
音に引かれて見れば、何やらふすまが揺れながらがたがたと鳴っている。
「……何だ?」
「戸が引っかかったみたいッスね。いえ、増改築してるうちにたまにこうなるようになってしまって。だいたいもう一方の戸を同時に開けると直るんスけど」
そう言ってよっこらせと立ち上がりかけた浦原を制して、日番谷は立ち上がった。
「そういうのは、持ち上げると直る」
というのは、その昔流魂街に住んでいた頃の経験則だ。え、と瞬いた浦原が制止するより、距離的にふすまに近かった日番谷のほうが早い。
言葉どおり、少し戸を上に持ち上げてやる。そのまま開く。その先に、唐突に戸が開いてきょとんとしたような表情の少女がいた。
まっすぐな長い黒髪と、曇りのない黒目。日番谷より頭一つ分ほど小さな少女だ。
目が合う。
少女の表情が、一瞬で驚愕に塗り替えられた。同時に、今まで微塵も感じなかった霊圧が、揺らいでこぼれ出る。
ひととき、少女も動きを止めたが、日番谷も動きを止めた。
そして次の瞬間、少女の表情がくしゃりと歪む。何か言いたげに開いた口元を、素早く白い手が覆った。
だが日番谷が何か言う前に、少女はするりと日番谷の脇を通り抜けて、そのまま居間を逃げるように駆け出した。
「おい!」
声を張り上げたときには既に翻った黒髪は居間の戸を抜け、賑やかに出入り口の戸が開く音がしている。
日番谷が驚愕の眼差しのまま動けないでいるそのそばで、一護たちも驚いた様子を呈していた。だが、いち早く我に返った一護が開けっ放しにされたふすまの向こうへ声をあげる。
「おい、夜一さん! 黒田は走れねえんじゃ……」
「黒田?」
一護の声に反応したのは日番谷だ。酷く訝しげな声音で問い返す。
これには浦原が頷いた。
「そうッス。彼女が『黒田ナツ』さんですよ」
「……なん、だと?」
妙な反応の日番谷に、乱菊が首を傾げる。
「隊長、どうしたんですか?」
問いかけに、日番谷は低い声で応えた。
「――どうしたもこうしたもねえ。どういうことだ、浦原」
声と共に、鋭い視線を浦原に投げる。だが浦原は答えず、日番谷は舌打ちをして一護に向き直った。
「おい、黒崎。お前、あいつが『黒田』だと言ったな」
「それが、何だよ……」
一護はその気迫に押されつつも、困惑した様子で聞き返す。日番谷はあからさまに顔をしかめた。
「気づいてないのか」
「だから、何が――」
「日番谷」
凛とした声が、一護の声を遮った。
声の主は夜一だ。日番谷はしかめたそのままの顔を、そちらに向ける。夜一は続けた。
「気づいたなら、追ってやってくれぬか」
開けられたままの戸たちを見やって、夜一は怒りとも悲しみともつかぬ表情で言った。
「儂らには、追えぬ」
それに、日番谷は舌打ちして踵を返す。
困惑気味の乱菊たちに何も言わぬまま、戸口へと向かった。そうして土間へ下りる間際、再び口を開く。
「――よく考えろ、黒崎。人にとっての五年が、どれだけの長さか。死神になった今、自分を置いていく周りの変化から、目を背けるな」
言い終わると同時に、ナツが消えた夜闇へ、日番谷の姿も駆け消える。
一護はただ状況も掴めず呆然としてそれを見送り、やけに頭を巡る日番谷の残した言葉の意味を、必死になって探していた。
だから、その背後で、ウルルが堪え切れずに泣き始めていたり、夜一が怒りとも悲しみともつかぬあの表情を自身に向けていることになど、気づく余裕はあるはずもなかった。
[2009.08.12 初出 高宮圭]