「六年の実習に出てくれないか」
挨拶もそこそこに夏梨が唐突な誘いを受けたのは、ナツルが教師に呼ばれたのを見計らったようなタイミングでだった。
夏梨は庭に面した縁側でナツルのいない休み時間を満喫していたのだが、気配もなく時任冬春は目前に現れた。
「六年の実習って……」
鬼道を駆使しているのか、と納得しつつ、見事な技量に内心で感心する。気を抜いていたのは確かだが、結界を解かれるまで彼の接近に気づかなかった。
現在の六年筆頭。つまり院の筆頭生である冬春は、入試のときに関わって以来、たびたびこうして様子を見に来る。とはいえ、夏梨の様子を見に来ているわけではないようなのだが、どうやら今日は夏梨に用があったらしい。
「あたしが自由に出れるのは、三年以下の実習だけなんですけど……」
「知っている。先生には、俺から頼んでおいた」
(もう事後なんだ……)
聞きに来た体を取っているが、どうやら確定済みらしい。そう言われてしまうと学年的にも夏梨に断ることはしにくい。もっとも、断る理由はないけれども。
「わかりました。けど……なんであたしに?」
ナツルの助言を受けて、夏梨は一応、教師や先輩には敬語を使うように心がけている。割とうっかりして普通に話してしまうことも多いのだが、そこはそれ、外見が役立つときだ。
冬春は相変わらず動かぬ表情で、端的に理由を説明した。
「俺が知る限り、詠唱破棄で八十番台の鬼道を使えるのはお前だけだ」
「いや、でもあれは咄嗟にやってできただけで、全部できるわけじゃないよ?」
「断空ができれば十分だ。実習では、打ち壁になってもらいたい」
「……、……は?」
思わず夏梨は耳を疑った。
「打ち壁になってもらいたい」
真顔で繰り返す冬春は、どうやら冗談を言っているふうでもない。
呆気にとられた夏梨を正面から見下ろす冬春は、ふと夏梨の背後を気にするように視線を巡らせた。そしてわずかに眉をひそめる。
「……午後一番の授業だ。第二演習場に来てくれ」
そう言い残すと、冬春は集中するように目を閉じ、次の瞬間に気配と姿を消した。どうやら来たときと同様、鬼道を使ったらしい。
ということは、と夏梨は背後を振り向く。するとしばらくして、廊下の角からナツルが姿を見せた。
「チビちゃん、お待たせ」
「……やっぱり」
ナツルの顔を見上げて、夏梨は呟く。ナツルがきょとんとした顔になったが、何でもない、というふうに頭を振っておいた。
縁側に腰掛けていた体勢からよっこいせと立ち上がりつつ、夏梨は冬春が去った方向に視線を投げる。
(時任先輩って、ナツルのこと避けてるよね)
来るのはいつもナツルがいないときだし、それでも一応気配を消して現れる。そのくせナツルを気にしているようで、様子を伺うように訊ねて来ることも多い。
(知り合いっぽかったけどな……訳あり、ってとこか)
入試のときのやりとりを見た夏梨としては、そんな予測をしている。それを探るほど興味は持っていないけれども。
「なに、チビちゃん。中庭じっと見たりして。またあの一年坊ちゃん来そうな予感?」
蛮原のことか、と夏梨は途端に面倒臭そうな表情になる。彼は時と場合というものを丸無視で突っ込んで来るので、はっきり言って迷惑なのだ。
「……来る前にさっさと行こう」
本当のところそんな気配もなかったが、とりあえずそういうことにしておいて、夏梨はナツルと共にその場を離れた。
――これが夏梨が一年の授業に向かう前の出来事であり、次の休み時間に蛮原が喧嘩を売ってくることになる。そしてものの見事に負けて気を失っている間に夏梨が六年の実習に向かい、それに腹を立てて再度突撃しに行くことになるのだが、それをこのときの夏梨は知らなかった。
***
もう桜も散り終わる。少しずつ緑の新芽が目立って来ているのは、どこの桜も同じようだ。
五・六年が主に使う第二演習場には滅多に来ない夏梨はそんなことを考えながら、脇に植えてある数本の桜の木を教師の肩越しに見ていた。
第二演習場。そこで六年の者たちに混じって夏梨は実習の説明を聞いている。
「――では、始める! ほれ、ちっこいの。準備しろ」
六年の学年主任、及び当院の教頭である百目鬼恭二郎(どうめききょうじろう)は、その熊のような図体で夏梨の首根っこをがしっと掴む。そして犬猫よろしく演習場の中央からやや後方に夏梨を置いた。
髭面にがっちりした体つき、おまけに色黒と来て本当に熊のようなので、彼はもっぱら『熊先生』と呼ばれている。基本的に呼び名など気にしない性質のようで、自分の名もさることながら、生徒の名前もろくに覚えない――という評判は、現在隣にいる真夜から聞いたものだ。彼女もどうやら冬春と同じく、六年一組の所属だったらしい。
「……ちっこいのじゃなくて、黒崎です」
その性質のせいで夏梨のことも先程会ってからこちら『ちっこいの』呼ばわりである。さすがに心外なので一応訂正してみるも、百目鬼は豪快に笑うばかりだ。
「がっはっは! ふむ、すまんすまん! 黒崎……黒崎な。……よし、わかった! 噂のチビクロで行くか!」
「いや、わかってないじゃん!?」
「小さいことを気にするべからず! さあ、用意しろ、打ち壁チビクロ!!」
一切話を聞かずに押し進める百目鬼に、夏梨はあきらめてため息をついた。
百目鬼と他の六年の生徒たちが距離を取ったのを見計らって、静かに集中する。そして、唱えた。
「縛道の八十一、断空」
瞬間、不可視の壁が夏梨の前方にできあがる。霊圧でそれを正確に捉えた六年生たちから、感嘆のどよめきが聞こえた。
だがそれに構わず、百目鬼は腹からの太い声で指示を飛ばした。
「――さあ、呆けてる暇はないぞ! 並んだ並んだ! 手加減無用、打って打って打ちまくれ、野郎ども!!」
打ち壁とはこういうことか、と夏梨は鬼道を保ちつつ、改めて納得する。
百目鬼が指示を出してからこちら、夏梨はひたすら六年生の鬼道連打の受け役に徹していた。
何でもいいから得意な破道を連打する訓練らしい。そういえば、山にいたとき、山じいに(実戦の中でほぼ強制的に)やらされたことを思い出した。恒例の訓練だというが、的が間に合わないため、的として教師か、入隊済みの卒業生を呼ぶのが常だという。
だが生徒に的ができる者がいるならやらせればいいとのことで、夏梨に白羽の矢が立ったのだ。
(続くと結構キツいなあ……)
『断空』は、一度集中して出してしまえば保つのはそこまで難しくない。だが皆手加減なし――むしろ断空を粉砕すべくとばかりに打ってくるため、なかなか苦しいものがあった。何を言っても、断空は八十番台。割と力押しで使っている感が強いのだ。そのため、疲れるのも早い。
十分も打ち壁として耐え続けた頃には、額から汗が伝った。
それを見計らったように、太い声が演習場に響く。
「打ち方、やめ!!」
声に従って、六年生たちは鬼道を打つのをやめた。百目鬼は夏梨に向き直ると、同じく鬼道を解くように指示する。
夏梨が首を傾げながらもそれに従うと、彼は夏梨の向かいにいる六年生にも、夏梨にも顔が見えるように立って言った。
「力押しだけで、やろうとするな!」
怒声ではないが、強いその声に夏梨は少なからず驚く。
「連続技は、途切れたときが一番弱い。その弱みをどう埋めるか、いかに弱点なく鬼道を繋ぐか、しっかり頭で考えろ! ――お前もだ、チビクロ!」
びしっと指を指されて、夏梨は思わず息を詰めた。
「断空ばかりで防いでいてどうする! 疲弊したとき、それを解いたときの無防備をどう埋める! 防ぐ方法は他にもあるはずだ。一つの技に頼り切っていては、大きな弱点を生むことになりかねんぞ! これは授業だ。ただ単に打ち壁だけで終わらす気はない。しっかりと何か身に付けて帰れ!!」
「――は、はいっ」
夏梨は百目鬼の迫力ある注意に、ほとんど思わず返事をした。だが、不快ではなかった。むしろ、負けず嫌いの性格がむくむくと湧き上がるのを感じる。
「よし。――お前たちもわかったな! せっかくの的だ。全力で隙を探して、効果的に技を繋げ! ――では、始め!!」
授業は、始まったばかりだ。
***
やちるが第二演習場に辿り着いたのは、五限目が終盤に差し掛かった頃だった。
何しろ、一年だと思っていたのに、行ったら三年に飛び級したと言われ、三年に行ったらやたら拗ねた様子の同級生らしい青年に今は六年の実習に取られたと言われ――突然の副隊長の訪問に生徒だけでなく教師をも驚かせたのは、本人は全く気にしていない――ようやく所在を突き止めたのである。
もっとも、やちる自身はさして大変だとは思っておらず、むしろかくれんぼみたいだと楽しんでいるほどなのだが、ともあれ彼女は、第二演習場にいた熊のような図体の教師らしい男性に元気よく声をかけた。
「ねえねえ! ここに更木出身のちっちゃい子がいるって本当?」
「む?」
教師はやちるの唐突な質問に、というよりはやちるの出現に驚いた顔をした。気軽に瞬歩を駆使してやって来たため、振り向けばそこにいたという状況のせいだったのだが、やちるはそれにも構わずにきょろきょろと辺りを見渡した。
やちるの存在に気づいた院生たちがどよめきを起こしているが、その中に小さな人影はない。
「あれー? ここにいるって聞いたのになあ」
「……もしや、草鹿副隊長。チビクロをお探しですか?」
「ちびくろ?」
「ああ、いえ……」
「あのね、今年入った新入生なんだって。一年生だけど三年生で、三年生だけど六年生にいるの。あたしその子、見に来たんだよ!」
「ふむ、やはり……。でしたら、しばらくお待ちください。あれは今、少々取り込み中です」
教師は納得したように頷いて、やちるから演習場の奥が見えるように体をどかした。
やちるは首を傾げたが、開けたその奥の様子を見て、更にきょとんとする。
――目の前では、派手な水飛沫がもはや噴水のようにあがっていた。
どうやら、池がある。そこに鬼道か何かの衝撃波が加えられてひっきりなしに水が、そして土が抉れて飛んでいる。おかげで中心でそれを起こしているのだろう人影は見えない。
しばらくその様子を口を開けて見ていたやちるだったが、やがて楽しそうににぱっと笑った。
「すっごーい! おもしろーい! なになに、何してるの? 遊んでるの? 何で音聞こえないの?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるやちるに、教師もどこか楽しげに答えた。
「授業ですな」
「授業?」
「はい。草鹿副隊長がお探しの新入生……チビクロと呼んどりますが、そいつはあの結界の中です。いやはや、鬼道の訓練をしておったのですが、何やら突然チビクロめがけて突っ込んで来た一年坊主がおりましてなぁ。勝手に喧嘩をおっ始めましたもんで、せっかくなんで適当に模擬戦をやらせとるんです」
音が聞こえないのは、そういう結界を生徒たちに張らせとるからです、と説明したところで、一際大きい水飛沫があがった。それを見計らって、教師が指示を飛ばす。
「時任、水町! 結界の防音取ってみろ!! そろそろ終盤だ、見計らって一年坊主とチビクロ回収してやれ!」
「はい!」
二つの声が返答して、間もなく結界内部の衝撃音や水音が外に響いてきた。
その騒々しい音に、やちるは瞳を輝かせる。雄叫び、剣戟、爆音。それらは喧嘩好きの十一番隊では日常茶飯事で聞こえて来るものだ。
その賑やかさが、やちるは好きだった。なぜなら、物騒だが楽しそうなそれを聞くと、剣八が楽しそうにする。周りにいる親しい席間たちも、生き生きとした顔になる。のんびりするのも好きだ。けれど、お祭騒ぎでみんなが、剣八が楽しそうなのが、何よりやちるは好きだった。
「楽しそうだねっ!」
「がっはっは! 若いのには、こういう滅茶苦茶さも必要です。――さあ、終わったようですな」
結界内の騒音が静まり、周りで観客をしていた院生や、結界を成していた生徒たちがどっと中心に集まる。ざわめく人垣からは「生きてるかチビクロ!」や、「どっちが勝ったんだ」「一年坊主のびてるぞ」などの声が聞こえて来た。
やちるが人垣の奥を覗こうと背伸びしていると、隣にいた教師が「ちょっと待っていてください」と言い残して、人垣に突っ込んで行く。
教師の図体と存在感におののいた生徒たちは道を空け、彼はあっさり中心部に辿り着いたようだった。それを見て、やちるは機嫌よく笑うと「えいっ」というかけ声と共に、教師の肩の上に瞬歩で移動する。そして身軽にぴょいっと飛び降りると、教師の前にいた小柄なその人物の前に立った。
「……え?」
突然のやちるの登場に、教師の前にいたずぶ濡れの子供はぽかんとした顔になる。
どうやら池の付近でのどんぱちだったため、頭からまともに濡れてしまったらしい。誰かが上着を貸したようで、大きめの男物の上着を羽織った姿は、想像より小さく見えた。
その子供を指差して、やちるは楽しそうに言った。
「みーつけた!!」
***
突然目の前に現れた、ピンク色の髪の女の子に指を指されて、夏梨はぽかんとした。
――先程。六年の実習中に、相変わらず時と場合どころか空気も読まないバカが、夏梨に喧嘩を吹っかけてきた。それは少し前に吹っ飛ばしたはずの蛮原蛮で、授業中だと追い払おうとしたら、こともあろうに百目鬼が「どうせだから模擬戦でもしろ!」などと言い出した。
そんなバカな、と言う暇もなく、百目鬼は訓練だと宣言して冬春や真夜を始める六年生に結界を張らせてしまい、そのまま夏梨は本日二回目の蛮原の相手をすることになった。
そして、何とか終わったと思いきや――目の前に、女の子。
状況に付いていけずにぽかんとしたままでいると、濡れてしまったので寒いだろうと気遣って上着を貸してくれた冬春が、背後から驚いた声をあげた。
「草鹿、副隊長……!?」
「え……副隊長って……」
こんな小さな子が、とぎょっとして振り返ると、冬春の隣にいた真夜が動揺を、というよりは興奮を抑えきれない様子で早口に説明してくれた。
「草鹿やちる。十一番隊の副隊長よ。今、背丈的に護廷十三隊で一番小さいのは彼女なの。嘘、いつか会いたいと思ってはいたけれど、こんなに早く本物が見れるなんて……!!」
小さい可愛い抱きしめたい、と小声で呪文のように言い出した真夜はとりあえず見ないことにして、夏梨は目の前の女の子に視線を戻す。
するとやちるは、にぱっと笑って夏梨を覗き込んだ。
「すごいすごい! ちっちゃいって、ホントにちっちゃいんだね! ひっつんと同じくらいかなあ?」
「ひ、ひっつん?」
「あたし、草鹿やちる! あなた、名前は? さっきのケンカ、すっごく面白かったよ!」
「は、はあ……」
無邪気な勢いに気圧されながら、何となく遊子を思い出すなあと夏梨は頭の隅で考えた。遊子も、気になることがあると矢継ぎ早に聞いてきたものだ。
「草鹿副隊長は、わざわざお前を見に来られたそうだ。驚くのはわかるが、しっかりせい、チビクロ!」
百目鬼に手加減なく背中を叩かれて、夏梨は思わず息を詰める。
もう名前の訂正を入れる気力も少ないので、濡れた頬を手の甲で拭いながら呆れたような半眼で百目鬼を見ておくに留め、夏梨は改めてやちるに向き直った。
「ええと……初めまして。黒崎夏梨です。見に来たって、何で……」
名乗ると、やちるはきょとんとした顔をした。だが、「んー?」と可愛らしく首を傾げたものの、結局思考は後回しにしたようで、夏梨の問いに答えてくれる。
「見たかったから! 更木出身って、ホント?」
「え……はい。こないだまで、黎霊山にいました」
「あっ、その山知ってる! そっかぁ、ホントなんだ。あのねあのね、剣ちゃんも更木出身なの! だから、一緒に遊んでくれたら、きっと剣ちゃんも喜ぶと思うの!」
何やら嬉しそうにぴょんと跳ねたやちるは、上機嫌でそう続ける。それを周りで聞いていた百目鬼や冬春たちが声もなく固まったのに、夏梨は気づかない。
気づかないまま夏梨は知らない名前に首を傾げた。
「剣ちゃん?」
「更木剣八! 十一番隊の隊長だよ!」
「え……」
「――ま、待ってください、草鹿副隊長」
思わず表情ごと固まった夏梨に代わるように、後ろから真夜が声をあげた。真夜は夏梨の肩に手を置くと、やちるに視線を合わすためにかがんで、説得するように言う。
「更木出身とは言え、この子はまだ子供で、院生です。更木隊長とはとても遊べないかと……」
「えー? でも、あたしより背おっきいよ?」
「そうですね並ぶと非常に可愛い――じゃなくて、背丈の問題と言うか、更木隊長はとんでもなくお強いわけですし……」
「うん! 剣ちゃん強いよ!」
「ですよね。ですから、今はまだ、遊ぶのには早いのではないでしょうか」
うっかり本音がこぼれそうになりつつも、真夜の説得にやちるはわかりやすく残念そうな表情になって、夏梨を見た。
「……だめなの?」
「うっ……あ、いや、だめっていうか、無理っていうか……」
「あたしたちと遊ぶの、嫌?」
純粋に心底残念そうなやちるの表情に、夏梨の良心がどうしようもなくうずく。そういえば遊子にもたまにこういうふうに押し切られていたことが頭に過ぎった。どうしても、あの残念そうな表情に弱いのは自覚している。自覚しているけれども。
「……、……刀とか使わないで、ふ、普通に遊ぶのなら、全然、嫌じゃないんだよ?」
鬼ごっことか、かくれんぼとか、とポピュラーな子供の遊びをあげ連ねてみる。更木隊長という人がどんな人かは知らないが、まさか子供の遊びはさすがにすまい。仮にも副隊長なんだし、このやちるという子だって――と思いかけたところで、目の前のやちるはぱあっと嬉しそうな表情になった。
「ホント!? 鬼ごっことかかくれんぼなら、してくれる?」
「え」
「やったあ! 最近ね、つるりんたちがいないし忙しいしで、誰も相手してくれなかったの。わーいっ! 鬼ごっこ、かくれんぼ!!」
「いや、あの……く、草鹿副隊長……」
そんなまさか、と半ば信じられない心境で、夏梨はやちるを呼ぶ。するとやちるは満面の笑みで「やちるでいいよ!」と夏梨の手を両手で握った。
「絶対だよ、かーくん!!」
「……かーくん?」
唐突に呼ばれた、自分を指すらしいその呼称に、夏梨はきょとんとする。やちるは相変わらずの無邪気で頷いた。
「今決めたあだ名! 嫌?」
「別にいいけど……何で、『くん』?」
夏梨の疑問に、今度はやちるがきょとんとする番だった。
「男の子だよね?」
「女だけど……」
しばらくの間のあと、やちるは盛大に驚いた声をあげて、夏梨は非常に微妙な気分になった。
百目鬼恭二郎*どうめききょうじろう=オリジナルキャラ
[2010.03.15 初出 高宮圭]